12 キーボードはメロディを奏でる 佐伯 香穂視点①
夏休みに突入し、津田祭の準備も進む。
学校が長期休暇に入ると、登校時に『標準服』でなくなる者が増える。
津田は元々『標準服』、『制服』ではない。
登校時の服装は自主性に任される、建前になっているし、余程奇抜な私服でない限り、先生に呼び出されて注意されることはない(ということになっている)。
が、授業のある期間は『標準服』で通す者も少なくない。
下手に私服を着て万一『指導』されたら鬱陶しい、と考える生徒が一定数いるからだ。
香穂もそちら側の生徒だ。
どちらかと言うと『おしゃれに自信がない』から、だが。
それでも長期休暇に入れば私服で学校へ行く。
真夏に『標準服』は、やはり暑苦しい。
白のタンクトップの上へ、胸元に同色のレースをあしらった水色のVネックのチュニックを重ね、藍色のデニムパンツ、桜色のスニーカーで彼女は学校へ向かう。
去年もそんな感じの服装で津田祭の準備へ向かったが、私服で登校に慣れないからか、なんとなく悪いことをしているような気分にどうしてもなる。
「香穂ちん、おっはよー」
すでにゆかりちゃんは来ていて、黒板に今日の予定を書き出していた。
彼女も普段は大抵標準服だが、今日は私服だ。
なんてことのない白の半袖の綿シャツ、ひざ丈の黒のショートパンツ。
ただ、髪を留めているカラフルな複数のアメピン、真紅の太めのベルトが彼女らしさを出している。
男の子たちも来た。
結木くんは、ファストファッションのショップで適当に選んできたであろう、シンプル過ぎるほどシンプルなモスグリーンのTシャツに紺色のデニムパンツ。
上谷くんはカチッとした襟付きの、半そでの赤いポロシャツにベージュのチノパン。
二人共、似合っていなくはないが、おしゃれに無頓着そうだなと香穂はこそっと思う。
他の者もパラパラと登校してくる。
今日は各々桜の造花を作り、枝に付ける予定になっている。
「おーい、舞監」
杉山くんが心なしかブスッとした顔で、舞台監督のゆかりちゃんへ声をかける。
「背景の案やけど。ラフ、描いてきた」
「ホンマ? 見せて」
チョークを置いてゆかりが、杉山くんの方へ歩いてゆく。ぺら、と、スケッチブックの表紙をめくり、彼は差し出す。
「満開時の、正門の桜並木を再現しよかと思ってるねん。入学式の時、正門に立って見えた景色のイメージ、な」
「へえ! エエやん!」
ラフ画を見て、ゆかりちゃんが手放しに近い声で褒めるので、杉山くんは少し意外だったのか、眉を軽くしかめた。
「感じ、よう出てるやん。これってナンか参考資料、あるのん?」
「……ああ。写真部に頼んで、入学式の時の写真、見せてもらって……」
「メッチャええ感じやけど。でもコレ、背景画で描こうと思たら結構大変やん」
自分も絵を描く人だからこそわかるのだろう、真顔になってゆかりちゃんが言うと、杉山くんは皮肉っぽく笑った。
「……一年生に洗礼浴びせろ、言うたん、舞台監督様やん。こんくらいせんと『洗礼』にならんやろ?」
ニヤ、と、ゆかりちゃんは笑う。
「ほうほう。なるほど。確かにそうやねえ。杉山、キミさては結構な負けず嫌いやな」
ちょっと気を悪くしたのか、杉山くんはむっとした顔でゆかりちゃんを見た。
涼しい顔でゆかりは続ける。
「手伝い、いるやろ? 執行委員の方からも出そか?」
「当面いらん。ただ作業する場所は欲しい」
ぶっきらぼうにそう言う杉山くんへ、結木くんが近寄りながら
「ほんなら視聴覚室、使えや。今日は造花作り、明日は音楽室が使える日ィやからこの二日、視聴覚室は空いてるし。あそこはちょっとした舞台もあるから紙も広げやすいやろうし、空調も使える筈や」
と言う。
「二年一組です、言うたら視聴覚室の鍵、貸してもらえるで。総長の方から話は通ってるから」
「……おう」
やや複雑な顔で結木くんを見た後、杉山くんは答えた。
「あ、模造紙とかは昨日のうちにある程度は買うてあるけど。足らん分は杉山が買うてきてな。精算は後でするし」
ゆかりちゃんの声に、へいへい、と返事して踵を返す杉山へ、香穂は声をかける。
「杉山くんの分の桜の枝は、執行委員の方でちゃんと作っとくから。そこは心配せんといて」
杉山くんは足を止め、振り返ってややぎこちなく笑ってみせた。
「……おう。ほんなら頼んどくワ」
香穂は個人的に、杉山が好きではない。
自分の思うようにしたいからと、クラスメートをハメるような真似をする、いやそれ以前、そういうことを思いつく心根がまず嫌いだ。
彼が結木くんに対し、何か思うところ(個人的に好きになれない、とか)があっても、それは別にいい。
心の中で勝手にそう思っているだけなら。
(せやけど……)
杉山は最近、なんとなく、今まで仲が良かったあるいは近かった者たちから、それとなく距離を取られている雰囲気だ。
『チョークバキン事件』とか『魔王降臨』とか、クラスの中でひそかに呼ばれている結木くんがガチギレした時以降、彼は少しずつ少しずつ、皆から遠巻きにされている様子だ。
模造紙や糊などを手に、独りでHRを出ていく彼の後ろ姿が、なんだか寂しそうだった。




