11 第一音、スネアドラムは鋭く響く 上谷護視点②
「上手いこと杉山に任せたやん。駆け引き、上手やな志木さん」
家から持ってきた握り飯をかじり、にやにやしながら結木は言う。
でっしょー、と、志木が得意そうに言って紙パックのコーヒー牛乳を飲み、佐伯は弁当箱に入ったナポリタンをフォークに巻きつけ、やや困ったように笑った。
護はコンビニで買ったサンドイッチを食べながら、そっとため息を吐いた。
クラスの打ち合わせが終わり、昼食をとりながら執行委員だけでミーティングをしているのだ。
ふと結木は真顔になる。
「アイツに背景の絵、任せたんはなかなか面白かったけど……現実問題として。予定以上に材料代がかさむんは、どうにか考えやんとアカンなあ」
(そうそう、そうやねん! サスガ執行委員長! 良かった、わかってたんや!)
思わず心の中で膝を打つ護。
結木の言葉に志木は一瞬、ポカンとした。が、
「あ、そっか! 描く絵が大きい分、画材の量とかが半端ないってことか」
護はスポーツ飲料で喉を潤し、言う。
「背景画、描くとしたら。多分模造紙に水彩絵の具かポスターカラー、くらいやろうけど。紙はともかく絵の具の量が半端ないやろうし、そうなったら大幅に予算オーバーに……」
志木は叫ぶ。
「あー! それでさっきからマモさん、ナンか暗かったんや!」
「暗かったって。そりゃ暗くもなるやろーが」
護がぼやくと、志木は
「絵の具やなくて水性のペンキでエエんとちゃう? その方が安上がりやろうし」
と、涼しい顔で言う。
「へ? ペンキ?」
そんな選択肢は思いつきもしなかった護へ、志木はうなずく。
「うん、広い範囲に色塗る必要あるやん? まあ杉山画伯がどんな絵ェ描くんかは知らんけど、木の幹とか空とかは刷毛とかでダーッと塗らんとやってられへんで。それでもまあ、ペンキ代にソコソコお金かかってしまうやろうけど」
「絵の具よりは安上がりやろうね」
佐伯も言う。志木はうなずき、続けた。
「杉山画伯、アレでもそこそこ絵は上手いで、多分、小さい頃にお絵描き教室とかで習ってたんと違うかな? そんな感じのきちっとした絵やし。画材については本人と相談せなアカンやろうけど、あの子もサスガにアホやないやろうから、予算上エエ画材をバンバン使えんことくらいわかってるやろうし」
「まあ、腐っても去年の執行委員長やった男やしな」
結木は言い、軽くうつむいて何か考える。
「確かめてみやんとわからへんけど。桜の枝の予算を抑える方法、なくもないかも。明日までに確かめてみるワ」
予算関係の話はそこで終わり、残りの時間は歌の練習や桜の枝を使ったパフォーマンスについての打ち合わせに移った。
翌日。
結木が、黒い、地の厚いゴミ袋にたくさん木の枝を入れたものを抱えて現れたので、カルテットのメンバーは驚いた。
ニコニコしながら我らの執行委員長はこう宣う。
「書道教室で知り合った人の中に、でっかい庭木がいくつもあるお屋敷の主がいてはってな。植木屋さんに頼んで庭木の枝をかなり払うって話、聞いてたんや。使えそうな枝、もらってきたで。これ使えたら、針金と紙テープの予算、丸々、浮くやろ?」
「……お前の書道関係の人脈って、どないなっとるねん」
『お屋敷の主』などというワードが突然出てきて、驚きとあきれで護が言うと、結木はなんとなく困ったように眉を寄せた。
「いやあ、そんな、人脈とか大げさなもんやなくて。知り合いのおっちゃんに頼んで、おっちゃんにとってはいらんもん、わけてもらっただけやで?」
まあ、そうかもしれない、少なくとも結木にとっては。
思いながら護は、袋の中から木の枝を取り出してみた。
軽くサンドペーパーでこするくらいはした方がいいかもしれないが、造花さえつければすぐ使えそうな、いい感じの枝だ。
「とりあえず、二十本ほど持ってきたけど。あと二、三十本、確保してるから……」
「ちょい待てや。このレベルの枝が、この倍ほどあるってことか?」
護の問いに、結木はうなずく。
おいおい、そのおっちゃん、どんだけ庭木のあるお屋敷の主やねん!
「……使ってもエエんやったら、使わせてもらったら?」
志木が言い、佐伯も同調する。
枝を針金と紙テープで作るのに比べれば、時間的にも予算的にもずいぶん助かるのは確かだ。
「そう、やな」
マニュアルの変更は手間だが、その手間以上のメリットは、確実にある。




