10 カルテットはカウントを刻む 佐伯 香穂視点②
翌日。
全校執行委員会が開かれ、二年一組の音楽室を利用する日時の割り振りが決まった。
他の『合唱部門』参加クラスの他、吹奏楽部の活動日もあるので、意外と使えるチャンスは少ない。
「去年ウチのクラスは基本、九月含めた音楽室の利用日と八月後半の二日ほど練習しただけやったな。それでまあまあ、何とかなったけど」
廊下を歩きながら結木くんが言うと、
「そりゃま、去年はただ立って歌うだけやったしなァ」
と、上谷くん。
ゆかりちゃんが折りたたんだプリントを、団扇みたいに顔の前でパタパタさせながら
「そもそも『Believe』は卒業式で歌う中学も多いやん、慣れてる子も多かったやろうし。せやけど今年はそう簡単にはいかんのと違う? 私はそんな気ィするんやけど」
去年の全校テーマは『飛翔』。クラステーマはずばり『Believe』だった。
「『さくら』を歌う中学もそれなりにありそうやけど……」
香穂が考え考え言うと、ゆかりは苦笑い含みに
「うん、まあそうやけど。『さくら』の方が新しいし『Believe』には負けるんちゃう? 先生受けは『Believe』の方がよさげな感じが……」
そんなことをワイワイ言いながらHRへ帰っていた時、後ろから大声で
「おーい、二年一組さん! 結木くん!」
と、呼ばれた。一同は驚いて足を止め、振り返る。
「ああ、ごめんごめん」
うっすらと顔に汗をかいて、走り寄ってきたのは三年生の先輩。
それも全校執行委員会の会長(通称・総長)である大和さんだった。
「あの。もしかして提出書類の不備とかありました?」
クラス執行委員長である結木くんが問うと、
「ああ、いや、そういう訳やないねんけど」
と、彼女は困ったように笑う。
香穂はなんだか嫌な予感がした。
フラグが立つというか、面倒なことを頼まれそうな雰囲気がただよっているではないか。
「結木くんって、この前まで展示コーナーに展示されてた『歳月不待人』の作者さんで間違ってないよね?」
思いがけないことを言われ、結木くんは目をぱちくりさせる。
「へ? あ、はあ。そうです、けど。アレは一年生の冬、書初めとして提出した作品で……」
「お願い!」
パン、と彼女は両手を顔の前で合わせ、頭を下げた。
「今回のタテカンと、舞台袖に置く『めくり』の字、結木くんに是非お願いしたい!」
「え?」
ポカンとする結木くんへ、大和さんはもう一度、頭を下げる。
「頼む! お願い!」
「せ、先輩。あの、ちょっと……話が見えへんのですけど。ナンで急にそんな話が」
上谷くんが言うのへ、ゆかりちゃんが重ねる。
「そうですよォ。『めくり』だけならまだしもタテカンって……大体これからドンドン忙しなるのに、ウチのクラス委員長、勝手に使わんといてください」
『タテカン』……立て看板、のことで、正門から桜並木を通った先、校舎の壁にドーンと立てかける、巨大な看板のことを指す。
訪問してくるお客さんを迎える、津田祭の顔である。
「ホント、悪いのはわかってる。でも是非」
「あー、その。書くことそのものは多分、やって出来やんことないでしょうけど……」
緊張感のない口調でそう言い出す結木くんへ、上谷くんがギョッとする。
「おいおい、結木ィ」
しかし結木くんは上谷くんの抗議の声を無視する形で、静かに総長へ問う。
「例年どうなってたんです? 先輩。アレは確か、美術部・写真部・書道部の合同で作ってるって聞いた覚えがうっすらありますけど」
「その通りやねんけど。書道部は今年、事実上無人ってのか……」
『津田祭』は主にクラス活動の発表の場で、クラブ活動の発表は十一月にある『文化祭』で行う。
ただ各クラブも、自分たちの『クラス活動』の合間、運営に関わるあれこれの手伝いをするのが伝統でもある。
タテカンや『めくり』の作成もそのひとつだ。
「そんな訳で、書ける人がおらんのが一番の理由なんは確かやけど。あの『歳月不待人』の字の綺麗さに、私を始め執行委員の運営のみんなが惚れてるのも確かやねん。つまり『余人に代えがたい』ってヤツや。お願い!」
彼は少しうつむき、考える。
「……そりゃ。ボクも執行委員の一人ですし。お役に立つんやったら頑張りたいですけど」
「ホンマ? ありがとう!」
喜ぶ総長へ、彼は薄い笑みを浮かべた。
「ただ……」
やや据わった目で薄く笑む、その表情。いつもの『結木くん』ではない。
彼の周りの空気の温度が下がったような気すらする。
(『草仁』……!)
彼の中の『草仁』が動く!
香穂が息を呑んだのと同時に、カルテットの他のメンバーも肩を揺らす。
上谷くんはやや怯えたように、ゆかりはわくわくした目で。
意味もわからず、大和さんは気圧されていた。
「ソッチに手ェ取られると、クラスのみんな、特に同じ執行委員の三人にどうしても迷惑をかけてしまいます。ボクが抜ける代償っていうんか……、ちょっとお願い、あるんですけど」
異様に淡々とそう言う彼へ、やや引きつった顔で彼女は問う。
「えっと……、何、かな?」
交渉の結果。
音楽室が使えない日の合唱の練習場所として、二年一組は、視聴覚教室の優先使用権をGET。
準備は整った。




