10 カルテットはカウントを刻む 佐伯 香穂視点①
期末テストが終わり、学園祭(津田祭)の準備が本格化してきた。
二年一組は、今回の全校テーマ『絆』から『バトンをつなごう』をクラステーマに選び、『合唱部門』参加に決定。
曲の選定で少し時間がかかったものの、テストの前には森山直太朗の『さくら』を歌うことが決まった。
テスト最終日の午後。
執行委員の四人、自称『カルテット』のメンバーがHRでミーティングをする。
二年一組は去年も『合唱部門』に参加したが、基本『歌うだけ』だったのであまり評価されなかった。
津田祭における『合唱部門』は伝統的に、調和のとれた歌声を披露するだけで終わらない。
歌声をキープしつつ、テーマなり歌詞なりに沿った、ある種の演出をすることがお約束になっている。
『そういうものらしい』という話は聞いていても、その辺りのことをきちんと考えない一年生は、先輩方のパフォーマンスに圧倒されることが多い。
『演劇部門』『展示部門』参加クラスもそれぞれ工夫を凝らし、一年生とは格が違うことを見せつけるのが一種の伝統でもある。
これを『津田の洗礼』と呼ぶ。
「『さくら』やねんから、みんなで桜の花がついた枝を持つ、まではほぼ決まりやよね」
執行委員兼、今回の舞台監督であるゆかりちゃんが言う。
「まあ、そうなるか。せやけどクラスの人数分、桜の造花、作るんか? 大変やな」
渋い顔をする上谷くんだが、議事録用ノートに素早くこれからの段取りを書き出している。
造花の材料の買い出し、造花の作り方のマニュアル化、歌の練習と造花作成のスケジュール、メンバーの割り振り……。
「練習場所の確保も大事やな、造花を作る場所もいるし。音楽室が使える日は明日の全校執行委員会で決まるけど、それだけやったら十分に練習出来へんし」
結木くんが言い、各メンバーがうなずく。
実は彼はここしばらく、なんとなく元気がない。
学校を休む訳ではないし、図書室での勉強も続けている。
元々の口数も多くないから、気付いていない者の方が多いだろうが。
カルテットのメンバーは、さすがに気付いている。
五月にポプラの木のそばで彼が落ち込んでいたのは。
あの木が、立ち枯れに近い状況になっているのに気付いたから、だと、後になって香穂は聞いた。
四月からポプラの状態に違和感を持っていたのに、そのままにしていたことを彼は悔やんでいるようだった。
「アレが俺のせいやないのはわかってるねんけどな。それでも、もっと早くに校務員さんなり先生なりに言うてたら、あの木ィも伐採せなどうしようもないってところまではいかんかったかもしれんなァって、やっぱり思ってしまうねん」
ある日、何かの流れで香穂が結木から聞いた話だ。
「俺、これでも一応、樹木医目指そかと思てる人間やし」
半分冗談みたいな口調で彼は言い、淡く笑んだ。
口調は軽いが、目は落ち込んだままだった。
しばらく『KEEP OUT』の黄色いテープで囲われていたポプラは、六月下旬に伐採され、大きな虚のある切り株だけが残った。
しばらく経ってから彼は、ひとりでひっそりと校舎裏へ行き、その切り株を見ていた。
何かメモを取っていたから、ポプラの病変の観察というか研究というか、そういう意味もあったのだろうが。
メモを取っている彼の後ろ姿が妙に寂しげだったのが、香穂の胸に残っている。
ミーティングが終わり、ジュースなどを飲みながら四人でなんとなくおしゃべりする。
「あー、ちょっと気になってたんやけど、結木」
そう言う上谷くんへ、結木くんは軽く首を傾げる。
「俺が気にしてもしゃーないことやけど。お前、バイトの方は大丈夫なんか?」
「へ? 結木ってバイトしてたん?」
ゆかりちゃんが目をまんまるくする。そういえば言ってなかったかも、と、香穂は改めて思った。
彼が『書道の修行を兼ねた特殊なアルバイト』をしているのは、香穂の中であまりにも自明だったので、ゆかりとの話題にもならなかったのだろう。
「……ああ」
結木くんは苦笑いと一緒に答えた。
「サスガに無理やから、七月から十月まで、バイトは休ませてもらってるねん。ピンチヒッターにチューガクからの友達がある程度、入ってくれることになってるし」
「えー! お前のチューガクからの友達も、小学生らの手本、書けるんか? お前の習ってる書道教室、エリートばっか集まってるトクベツな教室なんか?」
上谷くんが素っ頓狂な声を上げると、結木くんは苦笑いする。
「そーゆー訳やないけど。あ~、サスガに手本は先生が。それ以外のことはツレに頼んで……」
「ちょ…手本?」
ゆかりちゃんが口を挟むと、上谷くんが首を傾げる。
「ナンや、志木は知らんかったんか?」
「知らんよ。手本って、あの手本のこと?」
「どの手本か知らんけど、あの手本やろーな。習字の時に横に置いて、真似する為の……」
「マジ?」
「マジや」
何故か上谷くんがやや得意そうに言うと、ゆかりちゃんの目の色が変わる。
「いやあ…結木ってタダの書道オタクやって簡単に思てたけど、そんなレベルやなくて。すでに書道の先生やったんや…」
「いや、はは。正確にゆーたらまだ先生やなくて。師範候補って立場やねんけど……」
困ったように結木くんは言うが、ゆかりちゃんは真面目な顔で答えた。
「いやいや何ゆーてるのん。リスペクトされて当然の実力者やん」
知ってた?
目顔で問われ、香穂はうなずく。
「むう。知らんかったのん、私だけか」




