間奏曲 ~ 雪嶺③
結論からいうのなら。
省吾の『ツカサの神事』は成功した。
省吾本人も守たちが迎えに行った時、前後不覚の状態で泉の縁に倒れていたが、呼吸が止まっていた訳ではない。
静かすぎるのが少し気になるが、呼吸も脈もある。待機していたかかりつけ医も、眠っているだけだと診立てた。
しかし丸一日経っても、彼は目を覚まさなかった。
翌、早朝。
セーラー服をきちんと着た雪枝が、神事の道具を手に泉へ向かうのを、銀子は見た。
彼女は無謀にも『ツカサの神事』を行い……彼岸と此岸の狭間でぼんやり立ち尽くしていた省吾を、現つへ連れ戻した。
その後、ふたりは夫婦になったのだが、元々身体が弱いうえ『ツカサの神事』を強行した省吾は寿命を縮めてしまったのかもしれない、三十代で亡くなってしまった。
失意に沈む雪枝を支えたい一心で、銀子は『ヒトに近きクサ』となる。
彼女と暮らし始め、数年経った頃。
銀子は何かの機会に、あの時、一体どうやってオモトノミコトを説得し、省吾を連れ戻したのかと訊いた。
雪枝は照れくさいらしくなかなか話してくれなかったが、何度か訊いてみると、観念したように話してくれた。
「おもとの守のツカサ・野崎省吾が目を覚まさない、どうしても彼を起こしたいって、オモトノミコトへ言うたんやけど。目を覚ますかどうかは本人が決めることだって、ミコトは取り合うてくれんかったん。せやけど私は必死でこう食い下がってん。
『彼は私の世界のすべてです! 彼がいない世界は、私にとって無意味です!』
今思たら、すごいこと言うなぁやけど。その時は掛け値なしの本気やった。私自身のことやけど、乙女の恋ってすごいもんやね」
懐かしむような遠い目で、雪枝は言った。
「ほんで、オモトノミコトは省吾さんを起こしてくれはったん?」
「まさか」
雪枝は笑った。
「『彼は私の世界のすべて』には、さすがにミコトもビックリしはったけど。その次の瞬間に大爆笑しはって。わかった、そこまで言うなら試せ。お前の声があの男へ届くかどうかは何とも言えないが、機会をやる。黄泉路を逝こうとしているあの男を、ひっつかんででも連れ戻せって……」
「ほんで。ひっつかんで、連れ戻してきたのん?」
銀子の問いに、雪枝は笑ってうべなう。
「考えようによっては、メチャクチャわがままな話やけど。それが恋なんやろうね。銀子ちゃんも誰かを本気で好きになったらわかるワ」
『彼は私の世界のすべて』
その狂おしい思いを銀子は今、正気と狂気の狭間で噛みしめている。




