間奏曲 ~ 雪嶺②
その当時、不穏な話があれこれとささやかれていた。
例えば。
春先、泉の丑寅の方角にある学校の、柳の大樹が急に枯れた。
未申の方角にある田の水がこの年は何故か腐りやすくて、水の管理がうまく出来ず稲が実らなかった。
辰巳や戌亥の方角にある野原の一部が何故か乾き、立ち枯れを起こしている。
ひとつひとつは大したことないが、時間差で起こる不穏なあれこれ。
この年のおみず神事での神託は、まとめると『大きな変化はない』という内容に集約されたが。
神事の最後にツカサである省吾がもう一歩踏み込み、ではささやかな変化はあるのかと神へ問うた。神はそっけなく
『当たり前であろう、永遠に同じが続くと思うな。泉も生きている、お前たちは忘れているようだがな』
と仰ったのだそう……。
銀子の本体である木犀の木は、泉のすぐ近くである野崎邸の敷地内にいたからか、特に異変はなく、危機らしい危機は感じられなかった。
ただ、木々のネットワークからの噂として、おもとの泉の霊力が弱まっている感触がある、ということは知っていた。
ヒトに近きクサにして小波の樹木の長老である大楠が、町の中のあちこちを丹念に調べ、どうもその噂が信憑性のある現象だと結論したのは、神事の一週間後。
小波に伝わる最後の手段『ツカサの神事』を使い、オモトノミコトへ願うしかない、と、省吾が決めたのは、大楠の報告を受けてすぐだった。
『ツカサの神事』という名で呼ばれているが、別にツカサ以外の者が出来ない訳ではない。
ただ、よりオモトノミコトへ近付き、より長く話せるだけの能力というか胆力のあるのがツカサなので、必然的にこの神事はツカサが行うことが多い。
故に古い時代からこの神事を『ツカサの神事』と呼ぶ慣習がある。
そもそもオモトノミコトは、願ったからすぐ叶えてくれるというような、簡単というか優しい神ではない。
彼(あるいは彼女)へ、強い思いや切実さ、あるいはある種の情熱をもって説得し、納得していただく必要がある。
納得していただくのに時間がかかってしまうと、神事を行っている者とこの世との縁が切れ、亡くなる場合も少なくない。
成功するにせよ失敗するにせよ、この神事によってツカサが命を落とすことも多いので、小波にとって本当に最終手段、出来ればしないに越したことのない禁じ手に近い神事だと伝えられている。
その危険な神事を行うと、省吾は決めたのだ。
泉の衰弱を止め、延命を願うために。
神事の日。
おもとの守たちは全員、正装で野崎邸へ集まった。
ただ、この神事に関しては神事を行う者すなわちツカサ一人で泉へ向かう。
ツカサが出向いてきっちり三十分後に、モリの皆で迎えに行く手筈になっている。
中学校の制服であるセーラー服をきちんと着た雪枝が青ざめた顔で、皆と一緒に紋付羽織袴姿の省吾を見送る。
一瞬、二人は目が合った。
かすかに笑んだ省吾の哀しい瞳に、雪枝は息を止める。
「……ショウちゃん」
雪枝がつぶやいたのと同時に省吾はすべての感情を消し、前を向いて真っ直ぐ歩いてゆく。
まるで、黄泉路へ向かって決然と去ろうとするかのように。
思わず一歩、踏み出してしまった雪枝の肩を、柔らかくつかんで止めた者がいた。
「雪枝ちゃん」
行かせてやってくれ。
囁くようにそう言ったのは。
野崎当主で彼の兄、輝之介だ。
「省吾の中で、悔いが残らないように」
その時の絶望的な雪枝の顔を、銀子は今でも覚えている。
思い出す度に心が痛くなる。
彼女にあんな顔をさせる省吾へ、恨みのような感情が湧き……恨み、という感情を生まれて初めて銀子は知り、ひどく困惑した。




