9 草仁Ⅲ ナンフウ視点②
「皆さん、お忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます」
野崎邸の一室、日曜日の午後。
いつも『寄り合い』が行われる部屋で、床の間を背にした上座に正座した草仁が、野崎夫人が淹れてくれたお茶を一口飲んだ後に、ため息を吐くようにそう言った。
「津田高の敷地に生えているポプラについて、残念な報告があります」
草仁が津田高を選んだ理由。
それはこの学校の敷地が、おもとの泉の霊力が及ぶギリギリの位置にある、という理由もあるのだ。
津田高のある辺りは、今では町名が『津田町』だが、元々小波村の一部だった。
なにしろ、泉の生命力が決して強いと言えない昨今だ。
良くない変化の兆しはおそらく、泉に近い中心部ではなく端からあるだろう。
ツカサの草仁が校内の樹木と積極的に交流を持つことで、その変化をいち早く察知出来ればいい、という考えもあった。
しかしそれは『もしかしたら』『念のため』。
ヤツの在学中に何かある可能性自体、そう高いものではないと、草仁本人もおもとの守の大人たちも思っていた。
……しかし。
「ポプラに元気がないっていうのか、どうも葉の付き方が悪いのは、四月上旬から気になってはいました。でもその、ポプラ自身は元気そうな声を返してくれてましたから。ボク自身、新学期からバタバタしていることも多かったのもあって、ついそのままになってたんです」
ヤツは一度、言葉を切って軽くうつむき、所在なさげにお茶を一口、飲んだ。
「ですが。先週の金曜、津田高のシンボルツリーともいえるメタセコイヤから、緊急に大楠先生へ知らせが飛んだんです。ポプラから、おもとの泉の霊力が感じられなくなった、と」
ざわっと場の空気がゆらぐ。
「ポプラ自身の、水を吸い上げる力が弱まったんもあるでしょう。せやけど泉の霊力が健全なら、泉自らが弱ったポプラを癒しながら水を与えるでしょうから。これは……両方の生命力が弱なったせいやと……」
「あの学校のポプラの幹には空洞が出来ています」
大楠先生が言う。
「ポプラは樹木の中では、比較的寿命の短い種ではあります、もちろん生育条件や個体差もありますが。あのポプラが津田高に植えられて三十年から四十年ほどですから、樹齢はおそらく五十年か六十年、まあそのくらいでしょう。さすがに私も小波のすべての樹木の正確な樹齢まで把握してませんが、そのくらいだったと記憶してもいます。ポプラの場合このくらいから老化する場合があるので、すでに空洞が出来ているという状況から、あの木の寿命である可能性が高いです」
「そうですね」
草仁もうなずく。
「ボク自身も素人なりに調べてみて、そういう傾向があるらしいのは知りました。そうやったとしても、四月上旬から一ヶ月弱での急速な老化は、普通とは思えんのです……特に小波では」
『特に小波では』。
この言葉の重みがわかるのはおもとの守のメンバーだからこそ、といえる。
おもとの泉が小波村に湧いたのは、旱魃に苦しむ村を救いたいと願った若者の真っ直ぐな思いに、水神の娘が応えたが故。
旱魃から村を救いたいという彼の願いは、つまり小波村に生きるあらゆるものを健全に生かしたい、という願いでもあった。
水神の娘、すなわちおもとの泉である青蛙のミコトはその願いを叶えるために存在している。
水に乗って運ばれる彼女の霊力は、癒しと育みの霊力である。
生命力が少しくらい衰えた程度の個体なら――動物であれ植物であれ――、泉の霊力で癒されることが多い。
しかし、彼女の霊力がその水に乗っていない、となると。
あまりいいことは考えられない。
(泉から見て津田高は北東……いわゆる丑寅、鬼門、か)
関係ないだろうが。
気にならない、というのも嘘になる。
「草仁」
ナンフウが声をかけた瞬間、スパーン、と、横にいた波多野恵月から頭を張られた。
「や、なくて。ツカサ殿」
ナンフウは言い直す。
決して草仁を侮っているのではない。むしろ雅号で呼ぶ場合、ナンフウ個人としては敬意をこめているつもりだ。
が、『寄り合い』の場では彼を、同学年の友人ではなく格上の存在として遇するようにと、恵月からきつく言われている。
落ち込んでいるくせに可笑しそうに頬をゆがめるという複雑な表情で、草仁は
「ナンや?」
とナンフウへ問うた。
「あー、その。こじつけっちゃこじつけやけど。ちょっと気になるから一応、言うとく。津田高って、泉から見て北東……にあるよな?」
「……鬼門、か?」
さほど意外そうにもなく草仁は言った。ヤツ自身、ちょっと考えていたのかもしれない。
「うん。せやから、南西……裏鬼門の方も、オレとしては気になるねん。そっちは確か、ちょっと大きめの公園、やったよな」
うなずくヤツへ、ナンフウは言う。
「オレ、毎朝早めに起きて体操と軽いランニングするんを日課にしてるんや。これからランニングのコース、ソッチへ固定して、あの公園の草木に変化がないか、観察しようかと思うねんけど」
「……過剰な負担にならんねやったら、是非お願いしたい。さすがに俺、毎日のようにそっち側のチェックは厳しいし」
「草仁さん」
軽く手を上げ、松英さんが声を出す。
「ウチの会社は泉から見て南西の端になりますけど。会社の周りにツツジを植えてます。今まで植木の世話は人任せやったんですけど、ちょっと注意してみることにします」
「そうですか、ではお願いします、どうか無理のない範囲で。お仕事も忙しいでしょうから」
静かに寄り合いは進んでいくが、隅の席でうつむいたまま黙っている者が一人。
去年の秋に比べれば落ち着いた雰囲気ではあるが、やつれて生気のない、雪嶺だ。
気遣う顔色の銀雪先生、瞬間的に暗い目を彼女に当て、そっとため息を吐く草仁。
周りの大人たちも当然、無言のうちの彼女を気遣っている。
それをわかっているのかいないのか、彼女はただ自分の中を見つめ、物思いに沈んでいた。




