9 草仁Ⅲ ナンフウ視点①
「よう、草仁。お前最近、学校でブイブイゆわしてるらしいやん」
四月下旬の日曜の午後。
野崎銀雪書道教室、一般の部の稽古日だ。
にやにやしながらナンフウがそう言ってやると、草仁はポカンとした。
「ブイブイゆわしてる? は? なんやそれ。どこのヤンキーのにーちゃんやねん」
「せやけどメタセコイヤが言うとったぞ」
「メタセコイヤ? メタセコイヤって津田高の、あのメタセコイヤか?」
「それ以外、誰がおるねん」
小波に住む自我を確立した木霊同士は、互いに連絡を取り合っているという話は草仁も聞いているはずだが。
津田高のシンボルツリーのメタセコイヤが『波多野邸の大和棕櫚』と、自分のことを噂しているのだと草仁はその時、初めて知って驚いていた。
お前、津田高のメタセコイヤとはほとんど友達みたいな付き合いやのに、今更何をビックリしてるねん、とナンフウはややあきれた。
「ツカサ殿は最近、やっと本来受けるべき敬意を受けるようになられました、って。ご学友の中の生意気な連中が、ツカサ殿を軽く見ている風で腹立たしく思ってました、でも彼ら、やっとツカサ殿の偉大さを知って改心したんです、って……」
「はいい? ちょ、ちょっと待てや。誰の何の話やねん。偉大さとかなんとか、なんのこっちゃ」
「かいつまんで言うたらやな」
にやにや顔のまま、ナンフウは続ける。
「我らがおもとの守のツカサ・結木草仁さんは偉大や、っちゅう話や。決まってるやんけ。少なくともメタセコイヤはそう思てるで」
「……メタセコイヤ~」
頭を抱える草仁の背中を、ナンフウは軽く叩く。
「メタセコイヤが窓越しに見てたらしいんやけど。お前、学級会かなんかで、たらたらしてるクラスメートのアホども一喝して黙らせたそうやないか」
「……ああ。あれか」
草仁は苦笑いした。
「確かにそうやな、一喝して黙らせたことになるか」
グレーな選挙でヤツが、ナントカという名前の学園祭の運営に関わるクラスの代表に選ばれたという話は聞いている。
そのせいで、おそらく七月から九月いっぱい、下手すると十月にかけて手を取られるという話で、その期間バイトに入るのが難しい、と。
「手本に関しては家でも書けますけど、雑務のほうはちょっと……」
「わかりました。学校のことが一番ですから、ソッチに集中してください。手本も、なんとか時間を捻出して私が書きますし、雑務も……」
銀雪先生が軽く眉を寄せて何か言おうとした時、ナンフウは
「先生」
と声を上げた。
「雑務に関してはオレ、去年一年間草仁のそばで見てましたし、手伝うたこともあります。草仁とおんなじとは言いませんけど、大体は出来ると思います」
驚いてナンフウを見る銀雪先生と草仁が、同じ表情なのがなんとなく可笑しい。
「そりゃあ、お前は仕事、ある程度知ってるやろうけど……」
困ったような顔で草仁は言うが、銀雪先生は真顔で少し考え
「そうやね。ナンフウくんにお願いしよかな。六月までに草仁から仕事の引継ぎ、してもらって。七月から十月の四か月、雑務はナンフウくんにお願いしたいと思います。ただ、決める前に恵月先生の許可が必要ですけど……」
「その辺は大丈夫やとは思いますけど。何やったら今からでも訊いてきましょうか、今日は家に居る日ですし」
この問題はそれで解決し、草仁は七月から学校関連のアレコレに集中することになったが。
ヤツを『ハメた』連中は、かなり『結木草仁』というニンゲンを甘く見ていたらしい。
学級会でだらけ切ったナメた態度を取り、草仁を怒らせたようだ。
アホな奴らである。
この男が本気で怒ると怖いぞ。
ツカサになったばかりの中二、若干十四歳のガキの分際で、齢八百年の大楠の木霊を、正論で畳みかけて叱りつけたという恐ろしい実績持ちなのだ。
正論の理路整然さも『恐ろしい』が、相手が大人であろうが八百歳の木霊であろうが、もっと言うならおそらく神様であろうが。
怯まないクソ度胸が、もっと『恐ろしい』。
学級会での一喝なんぞ、この男にとって半分以下の『本気度』なはず。
ま、それでもフツ―のにーちゃんねーちゃんなら、ちびりそうなくらい怖かっただろうが。
ナンフウは思うと、にやにや笑いが止まらない。
「お前は津田高のメタセコイヤにとって、スーパースターやで。まあせいぜい、期待に応えてやれや」
そんな馬鹿話をして、二週間ほどたった今。
緊急の『寄り合い』の席で、草仁は暗い顔をしていた。




