8 『草仁』の横顔 佐伯 香穂視点②
翌週のHRの時間。
今回は、全校執行委員会から出された議題をクラスで話し合う。
学園祭(通称・津田祭)における全校のテーマ案を出すが一番目、クラスのテーマと参加内容の大まかな方向を決めるのが二番目の議題になる。
今回は男子二人が会の司会をし、女子二人で席について議事録を取る形にしようと決めた。
廊下側になる一番前の席を譲ってもらい、香穂とゆかりは議事録用のノートを広げる。
次回以降は役割を交代しようとも言い合っている。……が。
(あああ、もう……!)
HR内がざわざわしていて、うるさい。
かなりうるさい。
一年前は借りてきた猫のように大人しかったみんなだが、入学から半年経った頃には、今に近い有り様になった。
慣れて、遠慮がなくなったからだろう。
だが、ここまでうるさかっただろうか?
みんな我々『変人四人組(ゆかり命名)』を、はっきり言ってナメているのだろうな、と香穂は思い、ため息を吐く。
「あー。静かにしてください。今から学級会を始めます」
上谷くんが、やや虚しそうな目で開会の言葉を言う。
結木くんは先生が書くよりも美しい文字で、黒板に今日の議題を書き出している。
『静かにしてください』と言って静かになる訳ではない。
上谷くんもわかっている。
だが他に言いようもない。
彼のそんな気分が透けて見える。
「今日は学園祭の全校テーマの、このクラスから出す案を……静かにしてください。クラスから出す案を決めます。それから、ウチのクラスの大まかなクラステーマと参加演目……静かにしてください」
上谷くんの声に少しずつ苛立ちが加わってくる。
出入り口近くに立って会の様子を見守っている、担任の加賀先生の表情も曇ってきた。
黙って黒板に向かっている結木くんの背中から、ゆっくりと不穏な気配が立ち上ってきたのを香穂は察し、ハラハラした。
何度目かの『静かにしてください』を、上谷が言おうとした瞬間。
「おい!」
バッッキーン!!
鋭い声と同時に、すさまじい音がHR内に響く。
たちまち水を打ったように静まるクラス。
上谷も青ざめて絶句し、音の方向……すなわち板書していた結木を見た。
怒りと苛立ちが抑えきれなくなったのだろう、彼が手にしていた白いチョークは、見事なまでに砕けていた。
彼はしばらくそのままの姿勢で一度呼吸を整え、ゆっくり半身をひねってHRを見渡した。
「……真面目にせーや」
ぼそっとつぶやいただけなのに。
HRの隅の隅まで、そのつぶやきは届く。
ほとんど恐怖の表情で、みんな硬直していた。
もう一度彼は息を吐くと、新しいチョークを持ち直し、議題の続きを丁寧に書き出す。
カツカツカツ……、黒板に刻まれるチョークの音が怖い。
すべて書き終わると彼は向き直り、教壇の前に立つ。
「意見をどうぞ」
静かな声に、かえってみんなは戦慄を覚えたのだろう。
微動だにせず、自らの画策で選んだ筈の『クラス執行委員長』を見つめていた。
「あー……では」
上谷はハッとしたのか、役目を果たし始める。
「ではそちらの列から順番に、意見を言ってもらうことにします。去年の全校テーマは『飛翔』でしたから、出来れば被らないものを……」
いつも通り背筋を伸ばし、真顔で正面を見据えている彼の横顔を、香穂は見ていた。
(『草仁』だ……)
胸でつぶやく。
結木碧生くんは知らない。だけど『草仁』は、集団の長であることに慣れている。
不思議な確信が香穂の中に兆す。
怒りと苛立ちで、チョークを折ってしまったのは偶然だろう。
だが、そこでうろたえることも逆上することもなく自分の怒りをコントロールし、そのまま集団の空気までコントロールしたのだ、彼の中の『草仁』は。
コントロールしてしまう、強かさを持っているのが『草仁』。
(……ああ、そういうことなんだ)
不意に香穂は覚る。
天へ向かって枝葉を伸ばす、荒野に立つ孤高の若木。
そんな生き方、優しいだけの人には出来ない。
「……うっひょー」
小声で嬉しそうな声を上げるのは、隣に座っているゆかりだ。
「やるな結木。しびれるワ。天然王子、実は魔王様の憑坐でしたってオチやろうか?」
香穂は、困ったようにちょっと笑った。
結木を怒らせると怖い。
二年一組の共通認識になった。




