7 ”王”が動く 上谷護視点②
「えっと。佐伯さん。何でしょうか?」
やや戸惑った司会者の声。
その声に緊張したのだろう、佐伯は顔をひきつらせる。
が、彼女は静かに立ち上がった。
「執行委員に、立候補します」
大きくはないがはっきりした声で、佐伯は言った。
司会者……つまり前執行委員長は瞬間的にポカンとしたが、すぐ立て直した。
「えー、はい。わかりました。立候補、ですね。ではまず一名、佐伯さん……」
目顔で、黒板に板書している者へ合図する。
佐伯、と、書かれた。
「はいはーい。私も立候補しまーす!」
妙にハイテンションな声が響く。
護には信じられないことに、志木ゆかり、だった。
いやまあ、要は仲のいい佐伯のサポートを買って出た、ということなのだろうが……普段の彼女、こういう『ややこしいこと』へ自分から噛んでゆくタイプではないので、護はかなり驚く。
「あ、はい……志木さん。立候補ですね……」
板書している者が志木の名を書き加えた。
思っていた流れと違ってきたのだろう、前執行委員長たちの表情が困惑してきた。
「あー、その。立候補者が二名、出ました。あと一名、立候補する人はいませんか? いない場合、先ほどと同じ方式での選出選挙を……」
(あああ、くそっ。何の因果で……)
歯噛みし、胸で呪詛めいたものを吐き捨てたが。
覚悟を決め、護はスッと手を上げた。
「……立候補します」
チラッと結木のいる方へ目を向けてみた。
ヤツは若干驚いたような顔をしていたが、護と目が合った瞬間、かすかに笑った。
その笑顔は、近しい友人のサポートを感じてホッとしたのが八割、何やら意味ありげなものが二割、という雰囲気。
護は目をそらし、表情を消して黒板の方へ向き直ると、背筋を伸ばした。
(……くっそ。自分のことは鈍いくせに、他人のことには聡いのかよ、あの男は!)
と、護はひそかに胸でぼやいた。
八つ当たりの自覚はある。
今年度の第一回目になる『全校執行委員会』が、その放課後にさっそくあった。
二年一組のクラス執行委員長と執行委員三名は、会合に出席した後、ぶらぶらとHRへ帰りながら話す。
「あいつら、いつの間にこんな計画立てよったんやろ?」
思い出したように結木が、ぼそっとつぶやく。
ため息を呑み、護は答える。
「春休み中にでもメールや電話でやり取りして、決めてたんと違うか?」
ヒマやなァ、と、若干あきれたように結木は言った。
まあそうだよな、否定はしないと思い、護はうなずく。
「あ~、そんなトコやろ〜なァ。ワタシらが立候補せんかった時は誰を執行委員にするかも、ある程度決めてたんと違う?」
志木は言う。
「その場合でもこのメンバーの可能性、高かったけど。連中の思惑でやらされるくらいやったら、自分の意思でやる方がマシやん。な? 香穂ちん」
志木に話しかけられ、佐伯は困ったように苦笑いした。
「せやけど。ナンで俺らが?」
ちょっと立ち止まり、本気で不可解そうに結木は言う。
「変人やからと違う?」
身も蓋もない、という感じで、志木はさばさばとそう言う。
「多分やけど。嫌いってほどでもないけど連中としたら。自分らの思うようにならん、いっつもマイペースの我々変人四人が鬱陶しいって常々、思っててェ。んで、実利を兼ねた、ちょっとした意趣返し……、的な? 基本ワタシらは真面目で律儀やし、ブツブツ文句言いながらでもちゃんと仕事、やりそうやん」
「俺らはともかく志木は真面目で律儀か? …ってかその流れで言うと、俺も変人枠の人間なんか?」
釈然としない気分で護がそう言うと、
「うわ、自覚ないのん? こりゃ一番重症の変人はマモさんやな」
と、志木は決めつける。なんでやねん!
あははは、と、結木は笑う。
「なあるほど。ちょっとはわかった。今更やけど」
笑みの残る顔で、やけに静かにヤツは言った。
「『いっつもマイペース』な人間には、そうせんとしゃーない事情ってヤツがあるんやけどな、大抵は。……ソッチがその気やったら。不本意やけど、売られた喧嘩は買わせてもらうで」
「へ?」
不穏なものを感じ、護は友人の顔を改めて見る。
結木の表情は静かだ。
が、黒板の前に立って挨拶をした時の、あの手ごわい”山の主”の目をしていた。
(ヒィイ、陛下ァ、何卒お手柔らかに……)
思わず護は心の中で祈る。
ヒューッと、志木がいきなり口笛を吹いた。
「おおう! 意外と骨があるってか、硬派でオトコマエなセリフやん。結木のこと、書道オタクのインテリくんみたいに思ってたけど、認識改めるワ。いざとなったら殴り合いも辞さん覚悟の、バッキバキに負けん気強いヤツやったんや。ヤバい、ホレそうやな」
「は?」
「ゆ、ゆかりちゃん!?」
護と佐伯が同時に声を上げるが、志木は平然と笑っている。
さすがに結木も目をむいたが、
「……ああ」
と、何かに納得したようにつぶやくと、はっきり苦笑いした。
「いやいや、おだてても何も出ーへんで。まあでも、お陰でちょっとテンション上がったワ。ありがと」
「どーいたしまして。エールの交換、みたいなもんや」
しれっとそう言い胸を張る志木へ、結木は笑った。
今度はいつもと同じ笑顔だった。




