5 草仁Ⅱ ナンフウ視点②
「俺は今日。お前が女の子と仲良う歩いてるのん見て、正直、メッチャ嬉しかってん」
怪訝そうに顔を上げる草仁へ、ナンフウは続ける。
「ああ、やっとお前、初恋の呪いから抜け出せそうやなって……」
「ヘ? 初恋の、呪い?」
『初恋』はともかく『呪い』というワードが予想外だったのだろう、草仁はポカンとした。
「だって……、そーやろーが」
ナンフウは言う。
言ったが、これ以上言うとぶん殴られるかな、とナンフウは思った。
一瞬、腹の辺りがきゅっとしたが、あえて続ける。
「お前は。ガキの頃に助けてくれた『通りすがりのお姉さん』のこと、崇めてたんやろ? それこそずっと。……で、そのお姉さんとマジで知り合ってテンション爆上がりして……、最終的に初恋って形の呪いにもつれ込んだんやろうけど……」
「ナンフウ!」
噛みつきそうな勢いで名を呼ぶ草仁を、ナンフウは静かに見返す。
「ほら見ろ、どついたるって顔になったやん。お前に俺の何がわかるねんって……」
指摘に、草仁はむっつり黙り込んで顔をそむけた。
ナンフウは茶をすする。
「まあ……、殴りたかったら殴ってもかまへんデ」
ナンフウは言い、草仁のそむけた顔へ目を当てる。
「オレはガキやし、そもそも木霊やから。アイだのコイだのはっきり言うてよ―わからヘん。そやけど、自分が大事にしてる気持ちをないがしろにするようなこと、他人に言われたらメッチャ腹立つんはわかる。殴られてもしゃーないくらいのこと言うてる、自覚はある」
淡々と続けるナンフウの声を聞きながら、草仁は軽く唇をかみ、目を閉じてうつむく。
きつく握りしめているせいか、座卓の上に載せた両手が色変わりしていた。
やり切れない気持ちでナンフウは、お茶を飲み干す。
「雪嶺さんはエエ人や。他人の気持ちを察して動いてくれる、優しい人やとも思うで、オレかって。容姿も清楚な感じで、お前が好きになるのもわからんことない。あんな人がずっとそばにおってくれたら幸せやろうなって、アイやコイがわからんクソガキのオレでも、想像は出来る。でもな」
「……わかってる」
ため息と一緒に、気が抜けたような声で草仁は言う。
「わかってる。そもそもあの人に、好きな相手が居ろーが居るまいが。俺はあの人から見て、水路に転がり落ちてぴいぴい泣いてたアホガキや……未だに、な」
ふふっと、乾いた笑声を草仁はもらす。
「それでも。人間の俺は成長早いから。あの人が二十歳過ぎくらいの娘さんのままでいるうちに。あと四、五年経って俺もそのくらいの大人になったら。ワンチャン、男としてみてもらえる可能性あるかなって……100のうち1、くらいのメチャ低い可能性でも」
「草仁……」
草仁は疲れたように両手で頭を支え、深いため息を吐いた。
「まさかあの人の好きな相手が……そんなん、絶対手ェ届かん相手やん。あのお方に狂いそうなほど惚れてる彼女から見たら、俺なんかガキ以前っちゅうか、その辺を飛んでる虫と変わらへん……」
『ユーキ!』
いつの間に入り込んでいたのか、緑の瞳の薄茶の縞猫が草仁のそばにいた。
「乙彦様……」
茫然と猫の名を呼ぶと、草仁は、引き寄せられるように猫を胸元へ抱き上げて深い息を吐いた。
「乙彦、アンタら雪嶺さんの守護してんやなかったん?」
ナンフウが問うと、
「うん。せやけど大丈夫やで。仕事中の雪嶺おねえちゃんはしっかりしてるし、おにいちゃんはちゃんとそばにいてるし」
そう答え、乙彦は、草仁の腕の中にこめられた状態でしっぽをゆらんと振った。
乙彦……彼は『防人』と呼ばれる、おもとの守たちの心を不浄や悪鬼から守る存在だ。
おもとの泉の霊力から生み出された猫の姿をした精霊の一種で、兄の『兄彦』と弟の『乙彦』の二匹が、この代の『サキモリ』だった。
情緒の著しい乱れがよくないモノにつけ込む隙を与えるので、彼らは、おもとの守たちの心をなだめる役目も担っている。
最近は主に、著しく情緒を乱している雪嶺の守護についていたのだが……。
(サキモリに癒してもらわんとアカンほど、草仁の情緒はヤバいんか……)
愕然とした。
今回はナンフウがつついたのが直接的なきっかけだろうが、つつかれて大きく心を乱すのは、そもそも健全とはいえない。
『世界樹、世界樹、待って下さい!』
『ならばいっそ、私を殺してください!』
神事が終わった後。
守の皆と一緒にナンフウと草仁も、野崎夫人に雪嶺の様子を確認しようとした。
彼女が休んでいる部屋の隣で話を聞いていると、うなされているらしい彼女の叫び声が聞こえてきた。
聞く者の胸をかきむしるような、悲痛な叫び声。
その場にいる者は互いの顔を見合わせ、事情を察した。
雪嶺は。
世界樹すなわちオモトノミコトに。
恋を、している、と……。




