4 それはまるで、荒野に立つ孤高の若木のようなⅡ 佐伯 香穂視点③
放課後。
「ほんなら、行こっか」
重そうな通学リュックを肩にかけ、香穂へ向いて彼はあっさりそう言う。
ドキドキのドの字もないたたずまい、なんとなく憎たらしい。
(気まぐれに親切心……ゆかりちゃんの言う通りかも)
気分は落ちるが、図書室で会った時やクラス活動以外のこの機会、逃すつもりはない。
うなずいて、香穂は結木と連れ立って校門を出る。
「ところで、佐伯さんが今追いかけてる作家さんて、誰? よう考えたら聞いてなかったなあって」
歩きながらの結木の問いに、なんとなく後ろめたい気分を抱えながら香穂は
「あー、森茉莉やねんけど。あ、追いかけてるって言うても、最近ちょっとエッセイ読んで、面白いもの書く人やなあて思ただけで、まだ全然読んでないんやけどな」
と答える。
「モリマリ?……あ、森鴎外の娘さんの?」
文学オタクでもないのにモリマリと聞いて鴎外の名前が出てくるところ、さすが結木くんだなと香穂は思う。
最近の高校一年生でこの答えがすぐ出てくる人、少ないだろう。
「うん。耽美な作風らしいから正直、私の好みとは違うかもしれんけど……」
「耽美かァ、俺にはキッツイな。ほんなら、佐伯さんの本来の好みってどの辺り?」
「どの辺り……うーん。例えるんやったら、鴎外より漱石の書くものの方が好き、かなぁ」
「あ、俺もそうかも。なんとなくわかる気ィする」
そんなことを言い合って、笑いながら二人で道を行く。
このまま図書館に着かなくてもいいかも、と、香穂はちょっと思う。
とある曲がり角の前で立ち止まり、彼は言う。
「コッチからの方が若干近いと思うんやけど(と、細い脇道を指す)、道が入り組むから、大回りになるけど今まで歩いてきた道を、道なりに進んで……」
「え? そーじん?」
急に向こうから、頓狂な声が聞こえてきた。
香穂と結木がそちらを向く。
連翹大附属高の濃紺の詰襟を着た少年が立っていた。
「ナンやナンや、そーじん。エラい可愛らしい子ォ連れてからに。隅に置けんやっちゃ」
ニヤニヤしながら彼は言い、大股で歩いてきた。
浅黒い肌をした、南国風のエキゾチックな容貌の少年だ。
「こら。ナンやねんお前。相変わらずシツレーなヤツやな」
結木は顔をしかめて苦情を言うと、
「ごめんな、佐伯さん。コイツ、俺のチューガクからの友達のひとりで、連翹大附属の……」
と紹介し始めたが、少年はそれにかぶせるように、
「ど~もど~も、はじめまして〜。そーじん…やなくて、結木くんのオトモダチやってる波多野です〜。おねーさんはナニさん?」
と、ニコニコしながら訊いてきた。
「あ、えと。佐伯です、は、はじめまして」
「佐伯さん? よろしく〜。コイツが女の子、それもこんな可愛らしい子連れてるのん初めて見たんやけど。そのチェックのカチューシャもよう似合てはる……」
「ナンフウ」
妙に静かな声で結木は、波多野と名乗った少年を制した。
不思議なことに波多野少年は、断ち切られたように黙った。
「彼女はウチのクラスの子で、真面目な文学少女やねん。今日は学校の図書室では手に入らん本を探しに市立図書館の津田分室、行くために俺が案内してるんや。しょーもないことベラベラしゃべくるな、俺はともかく彼女に迷惑やろうが」
「お、おう。調子乗って悪かった……」
なんだか冷汗のかきそうな顔で彼は言い、結木は、スン、とした真顔でうなずく。
軽く威嚇する獣を連想させる横顔、学校の中で見せない彼の一面が垣間見える。
結木は続けた。
「お前どうせ、今日も書道教室へ顔出すんやろ? 彼女送ってすぐ行くからって、銀雪先生に……」
「は? 彼女図書館まで連れてって、そのままお前、バイトに入るつもりか?」
波多野少年は再び、頓狂な声を上げる。
「そりゃアカンやろ。お前が案内してきたってことは彼女、この辺の土地勘ないんやろ?」
そう言われ、結木はハッとした様子だ。
「今は秋やぞ、日ィ暮れんのも早い。彼女が図書館から帰る頃、真っ暗やろうが」
「あ、あの」
香穂は慌てて口をはさむ。
「大丈夫ですよ、それ見越して結木くんは大きくてわかりやすい道、選んで案内してくれてるんやし」
「いやいや」
波多野少年は真面目な顔で香穂を見る。
「基本はそうやろうけど。津田分室の周辺は結構、薄暗いんや。……そーじん」
真面目な顔のまま、彼は結木へ言う。
「図書館へ案内した後、お前が責任持って彼女、駅まで送ってあげろや。今日の仕事は小中学生のガキどもの課題まとめて、梱包するのんが主な仕事やろ? その辺やったらオレでもできるし」
「え? せやけど……」
「せやけどもへったくれもあるか。彼女が土地勘ない場所で道に迷って、怖い思いしたらどないするねん」
そう言われた結木は、ウッと詰まる。
「大丈夫やで、そこまでお願いしたら申し訳ないし」
香穂は慌てて言うが、結木は一瞬考えた後
「いや、これに関してはナンフウ……波多野が正しい。ナンフウ、頼めるか?」
波多野少年は嬉しそうにニコッとした。
「おう、任せろや。後でマクドくらいおごってくれたら、それでチャラにしたる」




