4 それはまるで、荒野に立つ孤高の若木のようなⅡ 佐伯 香穂視点②
ノートと筆記用具を片付け、香穂は席を立つ。
閲覧室の出入り口で、結木くんから
「佐伯さん」
と急に話しかけられ、ちょっと驚く。
今まで6:4くらいの割合で、香穂の方から話しかけていたので。
「急にごめん。さっき、すごい難しい顔でノートまとめてはったけど、ナンか問題でもあったん?」
う、と息が詰まる。
まさか自分の方が見られているとは思わなかった。
上目遣いでチラッと彼を見上げたが、彼は本気で心配して、気にしている顔色だ。
内心冷や汗をかく気分で、香穂は言い訳をひねり出す。
「あ、えーと。今、ちょっと追いかけてる作家さんがいてて。その人の全集、市立図書館の津田分室にあるって司書の先生に聞いたんやけどな、行ってみたいけどこの辺の土地勘ないし、どうしようかなって……」
嘘ではない。
まあ、100%本当とも言い難いが。
「市立図書館の津田分室? ああ……!」
彼はニコッと笑う。
「この辺りの私大の文学部と提携してるとかいう、ちょっとマニアック系の蔵書で有名なトコやな。あそこやったら俺の住んでる町に近いし、案内できるデ」
「え? 案内?」
状況が理解できずオウム返しする香穂へ、彼はうなずく。
「うん。明日は俺、バイトの日やから早めに帰らなアカンけど、図書館に案内する時間くらいあるし」
佐伯さん、いつも真剣に本読んでて、俺ちょっと尊敬してるねん。
そんなことをなんの衒いもなくスラッと言うと、
「特に予定とかないんやったら明日の放課後、津田分室へ案内させてもらうけど。どう?」
と彼は問う。
「お、お願いシマス」
こんなの、答えは『はい』か『Yes』しかあり得ないでしょ!
翌日、木曜日。
なんとなくよく寝られないまま朝を迎えた。
でも気が張っているのか、あまり眠くはない。
登校前の準備。
念入りに歯磨き洗顔し、化粧水で肌を整える。
いつも以上に念入りに。
髪をとかし、この前、ゆかりと一緒になんとなく入った雑貨屋さんで買った、カチューシャを着けてみる。
レンガ色が主体の渋めのチェック柄が秋らしいと思って買ったが、今日まで着けそびれていた。
(似合う、と思うけど……)
ゆかりちゃんにも褒められたし。
香穂は思う。
ゆかりのセンスを信じている。
彼女はさり気ないおしゃれが上手だ。
シンプルだけどビビッドな小物で、コーディネートを締めるのもうまい。
でもそれは彼女の持ち味であって、香穂が彼女の真似をしても似合わない、ことはわかっている。
(……よし!)
今日はちょっとだけ、いつもと変えてみよう。
なんとなく上の空で授業を受け、昼休み。
最近定番になっている『中庭のベンチでジュースを飲む』時に、ゆかりから挙動不審だと言われ、結木くんとの放課後の約束を話してしまう。
「おお~、やっとデートにこぎつけたん? 良かったやん!」
「そ、そんなん違うし」
言いながら真っ赤になる香穂へ、ゆかりは生温い視線を当てる。
「まー、あの天然王子サマのことやから。気まぐれに親切心起こしただけかもしれんけど(う、と香穂は詰まる)。それを上手いこと恋愛イベントへ持ってゆくんは、香穂ちん次第かなあ」
「れ、恋愛イベント……」
絶句する香穂へ、楽しそうにゆかりは言う。
「頭はエエけど天然で、恋愛感受性のメッチャ低いキャラの攻略、みたいな? ここはシッカリときめき度アゲてかな。せやけど香穂ちん、しょっぱなから難しいキャラ狙うんやねえ」
「おおお、乙女ゲームとチガウし」
「どーせやったら王子サマやなくて。『一の従者』辺りを狙った方が良かったん違う? ツンデレ傾向あるから好き嫌い別れるけど、ああ見えて世話焼きで、味方やと思った人間には尽くすタイプやで? 『一の従者』・上谷のマモさんは」
攻略は比較的簡単そうやし、などと、ゆかりはひどいことを言う。
「いやいやいや」
(上谷くんはゆかりちゃんが好きやん!)
さすがに半年、同じクラスに居ればわかる。
ただ、ゆかりは上谷を『幼馴染みの男の子』としか思っていないようだ。
思われていることくらいは察しているだろうが、彼女はほぼ無視している。
男の子とレンアイするのもなあ、と、何かの時にぼそっと言っていた。
(……上谷くん。ガンバレ)
片思い仲間?へ、香穂はひそかにエールを送る。




