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クサのツカサ  作者: かわかみれい
2 最後のツカサ~高校生編Ⅰ
73/87

3 ペーパーバックと絶対音感 上谷護視点①

 書道の時間での一件以来、なんとなく護は、結木と話すようになった。

 といってもヤツは、休憩時間に本を読んでいることも多い。

 いつもいつも、ではないが、結構な頻度で机の前に座って何かしら読んでいる。

 幼馴染み(と呼んでもいいだろう)の志木ゆかりと仲のいい、佐伯の次くらいは読書家だろう。

 ただ、アチラは文学一辺倒のようだが、結木の場合は……。


 ある時。

 結木は、なんだかものすごく集中して読んでいたことがあった。

 あんまりのめり込んでいるので声をかけるのもはばかられ、護は、ヤツが読んでいる本の表紙を横目でそれとなくチェックしてみた。

 井沢元彦の『逆説の日本史』だった。

 そういえばコイツ、中学時代『郷土史研究会』に入っていたとか言ってたな、と護は思い出す。おそらく、歴史や民俗学に元々興味があるのだろう。


 しかし次に、なんだか難しい顔をして読んでいるなと思ったら東野圭吾の『手紙』だったり(小説かい!)、なんだか楽しそうな顔で読んでいるなと思ったら河合隼雄の『こころの処方箋』だったり(心理学やんけ)。

 芥川龍之介の『侏儒の言葉』を読んでいるかと思ったらブロンテの『嵐が丘』、清水義範の『おもしろくても理科』……『家守綺譚』『ホーキング、宇宙を語る』『老人と海』『バカの壁』『ハリーポッターと賢者の石』……。


(いや、読書傾向!)


 護は内心ツッコむ。

 合間にライトノベルも読んでいる様子だから、かなり雑多しかも読むのが異様に速い。


(……敵わねえ)


 若干、引き気味に護は思う。

 なんでもバリバリどんどん食べる、大食いの人を連想した。

 胃袋?が違い過ぎる。

 

 

 ゴールデンウイーク明けすぐの、まだかろうじて気候のいい頃。

 母親が用事で昼食が用意できない日があり、護は昼休み、購買でパンとコーヒー牛乳を買った。

 戻る時、気まぐれで中庭を突っ切ることにした。


 中庭の真ん中には、この学校のシンボルツリー的なメタセコイヤの大樹がある。

 ここの木陰で昼飯を食べる者もちょいちょいいるのだが、そこにちゃっかり、結木がいた。

 一年生の五月、それも自分ひとりでしれッとここへ陣取るところが、なんだか結木だ。普通遠慮しないか?


(……あー。今更か。アイツはどっか普通やない、よな)


 護は思い直す。

 人間というよりも野生動物、それも天敵のいない山の主的な獣めいた、妙に落ち着きはらったというか、不思議と逆らいにくいような独特の雰囲気がある男だ。

 結木は、メタセコイヤの幹に軽くもたれ、家から持ってきたらしい大きなにぎりめしを頬張り、何やら難しい顔で新書版の本へ目を落としていた。


(アイツ、今日は何読んでんねん)


 好奇心に駆られ、護は結木へ近付くと本をチラッと覗き……仰天した。


(えええ、英語の原書かよ!)


 いろんな本を片っ端から読む奴だとは思っていたが、ついに翻訳本では飽き足りなくなったのか?



 気配を感じたのか、結木は目を上げた。


「おう、上谷」


 結木はにぎりめしを置くと、にこっとした。


「ナンや、お前もここでメシ食うつもりか?」


「あ? ああ……まあ、な」


 HRへ帰るつもりだったが、別にここで食べても悪くはない。護は結木の近くに座り、パンとコーヒー牛乳を紙袋から出す。

 ハムカツサンドをかじりながら、出来るだけさり気なく護は


「ナンやエラい真剣に読んでるけど、何読んでるん?」


 と問うた。

 ああ、と、結木はややきまり悪そうに眉をしかめたが、


「読んでるっちゅうか……、メソッド、やなあ」


 と、意味のよくわからないことを言い、


「『The Little Prince』…星の王子さまや」


 と、本を差し出す。

 ペーパーバックの洋書かと思っていたが、何のことはない、新書版の、英語の教材に使われる和訳や解説が後ろに書いてあるものだった。


「は?」

(ナンでわざわざ?)


 そんな表情で相手を見返す護。

 いや別に、勉強のつもりでこういうのに目を通すのは『アリ』だろうが。

 わざわざ昼飯食いながら、真剣に読むほどのものか?

 メシくらいゆっくり食え!

 それに、どうせ読むなら他にもっとこう、あるだろう、サマセット・モームとかサリンジャーとか。……知らんけど。

 少なくとも高校生男子が、星の王子さまとか読んで、楽しいか?


 そういうアレコレを込めた『は?』だったが、結木へ伝わったらしい。

 ヤツはぼそぼそと言い訳を始めた。


「あー、いや。俺、英語苦手でな。ちょっとでも慣れようかなーって」


「……そうか?」


 授業の受け答えや小テストの成績から、とてもそうは思えないが。

 本人がそう言うのなら、少なくとも苦手意識はあるのだろう。

 自分が国語で苦戦するようなものかと、護はちょっと思う。

 ある程度点は取れるが、気持ちよく理解しきれないというか、薄っすらもやもやが残る教科というのは、誰でも少しはあるだろう。


「受験の時も、最後まで英語に苦戦してな。なんとか津田のレベルの偏差値はキープできるようになったけど……」


「英語以外は?」


 何の気なしに訊くと、結木は顔をしかめた。


「いや、その。教科ごとに結構、バラツキあってな」


「バラツキ? せやけどお前……」


 護はちょっと迷ったが、思い切って聞いてみた。


「お前さ。そもそも津田レベルの偏差値やなかったやろ? なんとなくわかるデ」


「うーん」


 あまり言いたくなさそうだったが重ねて訊くと、答えてくれた。

 護が大体予想した通り、五教科を平均すると偏差値は65程度のようだ。

 英語が60前後、理数社は63~67。ただし国語だけは70オーバー。


「えー! ななじゅうおーばー!」


 護は思わず声を上げる。


「国語だけや。大体、国語だけ70オーバーでもほとんど意味ないし」


 なんだが困ったような顔でそう言う結木へ、


「お前さ。ナンでわざわざ津田に来たん? さすがに南山とか天海とは言わんけど、水谷とか吉川辺りを、フツーは受けへんか?」


 楽勝やったやろうし。

 護が言うと、ヤツは苦笑いした。

 『南山とか天海』は府立高校の2トップで偏差値70オーバー、『水谷とか吉川』は偏差値でいうなら65前後の高校である。


津田(ここ)やったら家から歩いて通えるからな。ちょっと事情あって、俺、通学に時間かけられへんねん」

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