表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クサのツカサ  作者: かわかみれい
2 最後のツカサ~高校生編Ⅰ
72/88

2 草仁 ナンフウ視点②

 本人はかなり悩んだようだ(特に、手本を書くことにものすごい抵抗感があったらしい。自分自身まだまだ修行中の身なのに、他人様(ひとさま)の『手本』を書くような立場ではない、と頑なに思っていたようだ。いやいやお前の楷書は審査員の先生方をうならせたレベルだろう、とナンフウは思うのだが、自己評価がイマイチ低いのだ、この男は)が、これこそが修行になると銀雪先生に言われ、引き受けることに。


 四月初旬からおっかなびっくり、ヤツは、五月分の手本の作成を始めたが。

 当然、慣れない最初の頃は先生からダメ出しの嵐で、四月のヤツはちょっとやつれていた。

 まあ、さすがに七月分の手本を書く六月の今、かなり余裕をもって書けるようになっている。それもあってナンフウは、俗にいう『ダル絡み』をしていたのだが……ちょっと。

 本気で、ヤツを怒らせてしまった、かもしれない。

 思わず息を吞む。

 コイツは本気で怒ると異様に怖いのだ、以前から。


「うふふふ」


 楽しそうな笑い声が突然、緊張感ただようその場に響く。

 雪嶺だ。

 仕事から帰ってきたらしい。


「もう……ふたりとも。またケンカ? ケンカするほど仲エエっていうけど、ホンマやねえ。なんか、兄弟ゲンカしてるみたいやん」


「ケンカ(ちゃ)いますよ、雪嶺さん」


 ため息まじりに草仁は言った。


「コイツがさっきから、しょーもないことばっかり()うて絡んできてるだけなんです。暇なんかしらんけど、俺のバイトの時間ねらって顔出してきて……」


「ナンやねん、手伝(てつど)うたることもあるやろうが」


 ナンフウが口をはさむと、


「せいぜい三回に一回くらいやろーが」


 と草仁が決めつける。


 手本を書くのは手伝えないが、教室の生徒たちが書きあげた課題をまとめたり、まとめた物を郵便局へ持って行ったりなどの細かい雑務は(気が向いた時に)ナンフウだって手伝っている。

 口喧嘩に発展する前に、雪嶺が


「しょーもないこと?」


 と、首をかしげて問うと、草仁は再びため息を吐きつつ


「いやその、ホンマしょうもないことですねん。俺の背ェが中坊の頃より(たか)なったとか顔に可愛げがなくなったとか……アホかっちゅうような内容の難癖つけてきて。ナンかコイツ、その辺が気に入らんらしィて」


 ブツブツぼやく。

 雪嶺さんはナンフウをチラッと見、ちょっと哀しそうに顔をしかめた。


「あー……」


 さすがに木霊同士、雪嶺にはナンフウの気分がわかってしまったらしい。ナンフウは思わず、明後日の方向へ目をそらせる。


「あのな、草仁さん。ナンフウくんは……寂しいねん」


 草仁は虚を突かれたような顔をした。


「木霊は成長がゆっくりな分、時々、親しい人間さんに置いてかれるみたいな気分になるもんやねん、特に若い頃は。そういう感覚、人間さんには理解が難しいやろうけど。そーゆーもんやねんなぁって、出来たらわかったげて?」


「……はあ」


 曖昧な顔で返事をする草仁。雪嶺は笑顔を作る。


「草仁さん、そろそろ仕事あがる時間でしょ? 疲れたやろし、お茶淹れるから飲んでって。冷蔵庫にわらび餅冷やしてるし、それもちょっとだけつまんで。ナンフウくん、手伝(てつど)うてぇ」


 雪嶺に声をかけられたナンフウは、チロッと草仁の方を見た後、立ち上がって台所へ向かう。

 机の前で草仁は、餌の前で待てを命じられた飢えた忠犬のような、やるせなくも情けない顔で雪嶺さんが去った方を見ていた。

 おそらく本人は気付いていない。



 雪嶺に言われるまま、ナンフウは小皿にわらび餅を盛り、きな粉と黒蜜をかける。

 冷えた緑茶をガラス製の背の低いゆのみに注ぐ彼女を見ながら、ナンフウは内心、ため息を吐く。


 草仁は小一の秋、鈍くさくも近くの水路へ転がり落ち……たまたま通りかかった雪嶺さんに助けられた、のだそう。

 それ以来、ヤツはずっと『助けてくれたお姉さん』に、感謝と憧れを捧げていたらしいのだが、中二の秋に彼女がおもとの守の一人だと知り、テンションが上がった(多分)。

 中学生の頃のヤツは、ガキの頃の延長みたいな気分で彼女に憧れていたようだが。

 このバイトを始め、彼女としょっちゅう会うようになり……単純な憧れで済まなくなってきた、気配がある。危ない。

 ナンフウが、草仁に邪魔にされながらもここへ顔を出すのは、この辺りの慮りもあるのだ、誰にも言ってないが。

 ヤツの性格上、さすがに雪嶺の貞操が危ないとは思わないが、ヤツの精神は確実に危ない。


(思い込んだら一直線、なタイプやからなァ、アイツ)


 木霊と人間の恋など、99%絶望だ。

 そもそも木霊に恋はよくわからない。

 プラトニックな恋(のようなもの)はともかく、それ以上となると余計わからない。

 繁殖方法が人間と違う、という部分が大きいのだろう。


 ただ。

 木霊と人間が結ばれるのは、小波(オナミ)でならひとつだけ方法がある。

 木霊がオモトノミコトへ『ヒトに近きクサではなく、完全に人間にしてくれ』と願えばいい。


 実は小波の歴史の中で一度だけ、前例がある。

 当時のツカサだった野崎の血筋の女性に恋をした銀木犀が、彼女と結ばれるために木霊であることを捨て、人間になったと伝えられている。

 『犀木家』……銀雪先生の親元でもある家が、そうだ。

 

(草仁の恋が成就するとしたら。雪嶺さんがまずヤツのこと、木霊やめてもエエくらい好きにならなアカンのよなあ……)


 しかし雪嶺にとってヤツは、水路へ転がり落ちて泣いていたアホガキの印象が強かろう。

 最近でこそ大人っぽくなってきたとはいえ、雪嶺にとって草仁は『書道教室の仲間』『仕事仲間』『おもとの守のツカサ』以上ではない……多分、この先もずっと。


(よりにもよって難儀な相手、好きになりよって。アホな男じゃ!)


 わらび餅の小皿を盆に並べながら、ナンフウは胸でぼやいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
若い頃は、大人のおねえさんに憧れるものですよね( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ