1 それはまるで、荒野に立つ孤高の若木のような 佐伯 香穂視点②
それ以来、香穂は、図書室で時々結木くんと、一言二言、話すようになった。
本当に一言二言、『今度は何読んでるの?』とか『数学の課題の提出日、たしか明日やったよね?』みたいな、世間話とすら言えない内容を、閲覧室ですれ違う時にする程度だ。
程度だが。
恋する乙女の心は弾む。
最近は本を読むより、結木くんと話せるかもしれないから図書室へ通っているのではないかと気付き、香穂はちょっと反省した。
彼は、本当に真面目に、勉強と読書のために図書室へ来ている。
特に、宿題や簡単な予復習は図書室でやると決めているようだ。
「俺、一応マジで書道やってて。せやから家ではどうしても、ソッチの練習に手ェ取られてしまうねん。学校の勉強は極力、学校でやり切ることにしてて……」
何かの時に、なんとなく照れ臭そうに彼はそう言った。
「まあ、テスト勉強はさすがにそういう訳にはいかんけど」
中間テストの成績は、彼と、上谷という男子がほぼトップを独占していた。
結木くんの地道な努力を知っている香穂としては、結木くんのトップは納得だったが、上谷くんがここまで健闘するのは意外だった。
が、上谷本人の認識では
「くそう、ナンで俺が全科目トップと違うねん」
なのだそう。
上谷くんは、割と大柄というか固太りタイプという感じの男子で、一見するとラグビーでもやってそうな雰囲気。
頭脳より体力で押し切りそうなムードを醸し出しているが、本来ならば津田程度の中途半端な『進学校(半笑)』という高校ではなく、もっと本気の『進学校(真顔)』へ行くつもり、だったのだそう。
なんでも八仙大附属(津田の2ランクは上の私立高校)を、十分狙える成績だったらしい。
仮に狙える成績だったのだとしても、落ちて津田にいる今、何を言っても意味のない話だが。
潜在的な彼の学力は高そうだ。
「まあ……結木に負けるんやったらしゃーない」
最後にそう言って、上谷は納得していた。
どこか不遜で鼻もちならないというか、津田という高校を見下しているっぽい雰囲気をただよわせている上谷のこと、香穂は苦手だったが。
ああ見えて結木くんには、一歩引いているというのかリスペクトの気持ちを持っているらしい。
「上谷のマモさんはお父さんに似てやるねん。あの子のお父さん、親の代から続く弁護士事務所の先生やけど、弁護士ってよりマル暴の刑事さんみたいやねんで。志木の義父と同期やから、前からあの一家とは知り合いではあるんやけど」
お父さんと比べたらマモさんの方が上品やで、美人のお母さんの遺伝子もらってるからなァ。
お弁当を食べながらそう言って笑うのは、このクラスで今一番香穂と仲のいい、志木ゆかりだ。
中学生になる頃に母親が、今の父親と再婚したのだと、仲良くなった頃に淡々と聞かされた。
クールな感じの大人っぽい少女で、未だになんとなくお子ちゃま風の香穂とは、正反対だと言える。
正反対だからこそぶつからないというのか、香穂とゆかりはお互いに、いい感じの距離感で付き合える友人だった。
彼女は美術部に所属していて、放課後はそちらで頑張っている。
「せやけどこの学校の美術部、緩いで〜。基本お絵描き好きやったら誰でもOK、って感じやし」
そんなことを言ってるが、彼女の描く絵には独特の味があり、素人目にも『何か違う』と思わせる……才能というかセンスというか、そういうのを感じさせる。
漫然と読書が好きなだけの香穂とは違う。
少なくとも香穂はそんな気がする。
「うわ、よう言わんわ。イマドキ、ゲーテだーのヘッセだーのを、ライトノベル読むみたいにすらすら読むヒトにそんなこと言われても……」
玉子焼きをつつきながらゆかりは言う。
「えー? せやけど。書いてあるもの読むだけやで?」
箸を止め、キョトンとして香穂が言うと、ゆかりはちょっと疲れたような顔をした。
「……私は香穂ちんが本気でそーゆーてるのん、わかるけど。現国学年トップの人にそんなこと言われても、嫌味やって他の子ォらには思われるで?」
香穂は首をかしげる。
「でも。私は現国だけやん。今回、学年トップやったんはまぐれやろうし。古文はまあ平均より良かったけど、後の教科は平均くらいやで?」
大したことないやん。
真顔でそう言う香穂へ、食べ終わったお弁当箱を片付けながら、ゆかりは苦笑いする。
「ほんならまあ、そういうことにしとこ。今日も『ひとり読書同好会』やるのん?」
香穂の読書活動?を、ゆかりは『ひとり読書同好会』と呼んでいる。
「あ~、今日は早めに帰るつもりやねん」
やや口ごもりながら言うと、ゆかりはニヤッとした。
「ふーん、珍し。ま、今日は結木が早よ帰る日やもんな」
飲み込みかけたごはんが、喉に詰まりそうになった。
「ななな…」
赤面する香穂へ、ゆかりは真顔で忠告する。
「いや、うろたえ過ぎ。近くに誰も居らんから、ちょっとカマかけてみただけやのに。そんな反応したら、いくら何でもバレバレやん」




