14 草仁②
二学期の終業式。
少し成績が上がってホッとしている。
大楠の教え方が上手で的確だったお陰も小さくない。
後で神社(の神木)へお礼を言いに行こうと碧生は思い、絵面がシュールだなとちょっと笑う。
寒い冬の境内で、先生のおかげで成績上がりました、と、神木へ話しかける中学生男子。
(心のビョーキ疑われそうやな、気ィ付けやな)
明日から冬休み、これから通う予定の学習塾で、英数の冬期講習も始まる。
だがその前に。
(……展覧会やな)
本日正午から五日間、市民会館の小ホールで、とある書道結社の生徒による展覧会が開催される。
当然、碧生が『特別枠』で出品した展覧会だ。
結果は悪くないよ、と、この前の稽古日に銀雪先生は言っていたが。
具体的にどのくらい『悪くない』結果なのかは、教えてくれなかった。
「当日、自分で確認した方がエエでしょ?」
ちょっと意地悪そうに含み笑い、彼女は言った。
学校から帰った後、簡単に昼食をとって碧生は、自転車をこいで市民会館小ホールへ向かう。
寒い中、それなりの距離を自転車で飛ばしてゆくのは結構つらかった。
耳が冷えきり、痛くて仕方がない。半ば生まれつきの持病である頭痛にならないか、心配になってきた。
面倒がらずにイヤーマフをすれば良かったナと、ちょっと後悔した。
入り口で署名し、会場へ足を踏み入れる。
まずは低学年の子供さんの作品が並ぶ。
次に中学年、高学年、中学生。
高校生~一般。
奥に行くに従い、年齢とレベルが上がる。
合間合間に、各教室の先生の作品がエキシビション的に展示されている。
ついに特別枠の作品のスペースへ至る。
今年は六作品、らしい。
頭痛になりそうな耳の痛みと緊張で軽い吐き気がしたが、碧生は進む。
『明鏡止水 中二 結木碧生』
タイトルと名前の横に、半切の作品。
自作は一番奥に展示されていた。
確かに自分の作品なのに自分のものではないというのか、自分から独立した子供を見るようなというか、ヘンな気分だ。
が。
悪くない。
ちゃんとこの子は『自分で立っている』。
そんな気がした。
じわ、と涙がにじんでくる。
「おめでとう」
急に話しかけられ、碧生は驚く。
渋い緋色の着物をすっきり着こなした、銀雪先生だった。
「キミはやっぱり、ウチの教室の希望の星、やったね」
「はい?」
キョトンとする碧生へ、先生は作品の下の方を指差す。
「気付いてへんの?」
妙に豪華なリボンと一緒に飾られている『最優秀賞』の札。
絶句している碧生へ、先生は静かに言う。
「普通、楷書作品はどれだけ綺麗に書かれてても、なかなか評価されにくいのん。楷書は、作品としての面白さみたいなものを表現するのが難しいからね。せやけど……キミの『明鏡止水』は。見る者から一瞬、言葉を奪う迫力があるねん。……さながら抜身の刀の如し。その澄んだ刃に映るのは、ごまかすことを許されない自分の心。本当にこれは十四歳の少年の作品なのか。審査員が口々に言った言葉がそれです」
彼女はふところから折りたたんだ懐紙を取り出す。
「私からのお祝い」
よくわからないまま、碧生は軽く頭を下げてそれを受け取った。
ゆっくりと懐紙を開く。
草 仁
銀雪先生の字で丁寧に、振り仮名付きで書かれていた二つの漢字。
「あなたのその、漣ひとつない水面が。やがては巡り巡ってあらゆるものを潤す慈雨となり、儚い草にも仁の心で向き合う、そういう書家であり……ツカサでありますように。そんな願いを込めて、あなたの雅号を考えました。受け取ってもらえる?」
驚いて顔を上げ、碧生は銀雪先生を見た。
「そう、じん」
口の中でつぶやいてみる。
初めて聞いた名なのに何故か、しっくり違和感なく心へ染み入る。
(結木、草仁。……オレの、雅号)
こらえきれず、涙が一筋、頬をつたった。
それをごまかすように碧生は、深く腰を折り、言った。
「あ、ありがとう、ございます。……嬉しいです」
1 守のツカサ~中学生編 了




