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クサのツカサ  作者: かわかみれい
1 守のツカサ〜中学生編
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14 草仁①

 十二月になった。

 木枯らしが吹き始める。

 学校の校庭にある桜の木が一気に色付き、その風にはらはらと散らされるようになった。

 そろそろ学校指定のウインドブレーカーを出した方がいいかもしれないなと、風に目を細めながら碧生は思う。



 ある日の放課後。

 風のやんだ、冬晴れの帰路の途中。

 彼は何故か、小波神社へ行ってみたい気分になった。


 あのマツリの日以来、碧生は、特別枠の制作や期末テストのことに気がとられ、神社そのものの存在を忘れていた。

 だが冴えた冬の空気にさらされているうち、ふと彼は、長く忘れていた古い記憶を思い出すように、神社へ行ってみたくなったのだ。



 小波神社は相変わらず静かだった。

 拝殿へ向かう。

 ここの祭神は当然、水神で龍神とされる『オモトノミコト』。


(つまり、一角のミコトのことやよなあ……)


 ピンとこない。

 ここで祀られている神様と、片角の白鹿が同じ存在とは思えない。


『何か御用でしょうか? 我が君』


 不意に大楠の声……厳密には声とはいえない、木霊としての大楠の『声』だ。

 驚きながらも碧生は、『声』の方を向く。

 拝殿の向かって左、幹に注連縄をまいた巨木がそびえていた。

 あまりに大きいのでかえって意識されない、さながら大岩か古い建物ような風情の楠が、葉擦れの音を響かせる。


『ヒトとしての大楠義昭はこの時間、手が離せませんからこちらへ参上できません。ですが、ここでお話をお聞きすることは可能ですよ』


「え? あの。大楠、先生、ですよ、ね?」


 テスト勉強でつまずいていたところを、書道教室のお茶の時間を使って明快に教えてもらって以来、彼は大楠を、ナンフウ同様『大楠先生』と呼ぶようになっていた。

 微笑むような気配が境内に満ちる。


『ええ。そうですよ』


「あのう……、我が君、って誰のことです? マサカとは思いますけど……」


『あなた様以外、ここには誰も居ませんが?』


 やや面白そうな気配が『声』に加わる。


「……勘弁してください」


 つぶやく碧生に、楠は葉擦れの音を響かせながら言う。


『ヒトとしての大楠義昭と中学生の結木くんは社会通念上の縛りがありますので、親しい大人と子供、として心安く接するよう心掛けておりますが。本来私はあなた様に従う者なのです、結木碧生さま」


「いやその、マジで勘弁してください」


 ぼそぼそ言う碧生へ、


『ここだけはたとえあなた様の命令であっても、譲れません。せめて木霊の私は、正しい立場であなた様に接することをお許しください。……ツカサの君』


 楠は答える。

 なかなか頑固な態度だ。


「いやまあ、確かにボクはツカサですけど」


 ため息まじりに言い、碧生は諦めることにした。

 そもそも800年も生きている相手だ、対抗するのは難しいし……喧嘩してまでやめさせるほどでもない。

 『木霊』の時だけだと、本人?も言っているのだし。

 楠は楽し気に葉擦れの音を響かせる。


『折角お出でになったのです。少し面白いと言いますか、興味深いものをお見せいたしましょう。私の幹に、手を当ててみてください』


 首をかしげつつ、碧生は言われた通りに楠の巨木へ近付き、その幹にてのひらを当てた。

 水と土、朽ちた枯葉が混ざったにおい。

 幹は何故かほんのりあたたかく、いい感じに乾いた手触りだった。

 かつて碧生の精神が異常に乱れ、暴走しそうになった時にサキモリたちと一緒になだめてくれた、彼のてのひらの感触を思い出す。


(……あ!)


 光の奔流が見える。

 まぶしさに彼は一瞬硬直したが、それがこの楠……つまり大楠の本体を巡回する水の流れなのだと理解する。


『この水の流れこそが、おもとの泉……すなわち青蛙のミコトの霊力です』


 大楠の声が頭の中に響く。


『小波の草木も動物も……もちろん人間も。広い意味でこの水によって生かされています』


 碧生はうなずく。


『水の霊力(ちから)を最初に知るのは、儚い名もなき草、あるいは土中に住む小さな生き物たちでしょう。その次が我々樹木になります。いわゆる『クサ』と呼ばれる生き物です。そして……』


 グイ、と手首をつかまれたような感触の一瞬後、碧生の視点は楠のてっぺんへ連れてこられていた。


『これが小波です』


 初冬の、黄色味を帯びた午後の陽射しに照らされた町が見える。

 どこにでもありそうな、あか抜けない小さな町。

 だけど……。


(綺麗だ)


 すべての存在が、内側からほんのり輝いている。

 泉の霊力と感応した、それぞれの魂の輝き。

 それが作り出す景色は、美しい。

 闇や陰りがない訳ではない、でもだからこそ。

 綺麗、だった。


『水の霊力から一番離れてしまうのは、残念ながらヒト……人間でしょう』


 大楠の声が響く。


『水の霊力から遠いからこそ出来ること・やれることがあるものですから、そこは役割分担なのでしょう。ただ、ヒトの中にも水との感能力が高い者がいます。『クサに近きヒト』と呼ばれる人たちです。あなた様をはじめとした、『おもとの守』のメンバーがそうですね』


 碧生はうなずき、そっとてのひらを外した。


「……ありがとうございました、大楠先生。興味深いものを見せてくださって」


 楠は満足げに葉を揺らす。


『いいえ。興味を持ってくださって、私も嬉しく思いますよ……我が君』

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