13 マツリのあと①
午後一時過ぎに、今回の寄り合いは解散になった。
あの後。
一同は元の部屋へ戻り、淹れ直したお茶を飲んで軽く雑談をした後、次の寄り合いはまた十一月中に……というざっくりとした予定を確認し合い、解散になった。
銀雪先生と雪嶺、恵月先生とナンフウが連れ立って仲良く帰る姿を、碧生は靴を履きながら、ぼんやり見送っていた。
松英さんと大楠はリアルの『小波神社・秋祭』関係の話が何かあるらしく(現実の話として、彼らは自治会長と宮司だし)、部屋に残っている。
スニーカーを履いて軽い通学リュックを肩にかけ、碧生は、野崎邸の広い玄関を出る。
少し黄色味がかった午後の光に、彼は軽く目をすがめた。
なんだか疲れた。
ほんの半日ほどだが、一週間くらいはここにいて、一年分くらい経験を積んだような気分だ。
『ユーキ』
不意に足許から兄彦の声がした。すぐそばに乙彦もいる。
「ああ、サキモリさま……」
笑みを作ってしゃがみ込み、猫たちに右手を伸ばす。さっそく乙彦がその手の頭をこすりつけてきた。
ふっ、と、全身のこわばりが解ける。
無意識のうちに気を張っていたのだと、そこで初めて彼は気付く。
乙彦を抱き寄せ、胸に抱えて彼は、深い息を吐いた。
『ユーキ』
真面目な目でこちらを見て、兄彦は言う。
『ユーキ、一緒に泉へ行こ。っていうか、是非とも一緒に行ってくれへんか? 泉……青蛙のミコトが待ってるで』
「……泉が?」
意味がよくわからなかったが、帰りに少し寄るくらいならいいかと思い、うなずいた。
泉周辺は早朝とそれほど変わらない。
そもそも泉の周りには立派な木が文字通り林立しているから、昼であっても明るくはないのだ。
泉は静かだった。
真ん中あたりの水面が時折、ゆらんと揺れているから、湧水として生きてはいるのであろうが。
「……ヒメ」
無意識に彼はつぶやいていた。
乙彦がするりと碧生の胸から滑り降りたが、本人は気付いていない様子だ。
「……頑張りましたね」
これも無意識の一言。
ゆらん、と、ふたたび水面が揺れる。
「オレ、なんにもできませんけど……」
理由なくふるえる胸から、自然と言葉が零れ落ちる。
「ありがとう、ございました……ここに、来てくれて。ここに、在ってくれて……」
(……ああ)
そうだ。
泉が湧いた頃、村人すべてがそう思っていたはず。
でも今、この町の住人のうち、いったい何人がそう思っているだろう?
「……ごめんなさい」
泉がそこに在ることをさえ、意識にない者がほとんどだろう。
関わりが出来る前の碧生自身のように。
泉はずっとここにいて、小波という土地を潤し続けていたというのに。
クルル。
かすかな鳴き声に、碧生はうつむいていた顔を上げる。
泉の真ん中に、水が凝って出来上がったかのような透明の小さなカエルがいて、こちらを見ていた。
「……あ」
小学一年生の秋。
学校からの帰り道、野崎邸の水路にこのカエルがいた。
当時一年生の碧生であっても、そのカエルがものすごく珍しいカエルだということはわかる。
ドキドキした。
もっと近くで見たい、出来れば捕まえたいと水路へ身を乗り出し……ランドセルが重かったのも相まって、水路へ落ちた。
その後はもうパニックになるばかりで、カエルどころではない。
雪嶺さんが助けてくれるまで、大げさかもしれないが命の危機を感じた……。
「……そっか。アレはあなただったんですね、青蛙のミコト」
泣き笑いの表情で碧生がつぶやくと、クルル、とカエルは小さく鳴き、泉の水に溶け込んだ。
(……守る、とまではよう言いませんけど)
碧生は胸で独り言ちる。
(可能な限り、寄り添います)
『お前はツカサだ』
一角のミコトの言葉がよみがえる。
『泉を、いたわってやってくれ』
「……はい。一角のミコト」
風に乗り、かすかに祭囃子が聞こえてくる。
今日は小波神社の秋祭・本宮だ。




