12 木霊③
「不可能?」
意味がわからず目をぱちくりさせている碧生へ、結木くん、と、大楠が声をかけてきた。
「改めてお伺いしましょう。結木くんは言霊信仰のこと、どのくらいご存知ですか?」
「あ、いえ、そんなには。古文の時間に軽く教わったくらいですから。言葉には魂が宿る、とか。いい言葉にはいいものが、悪い言葉には悪いものが寄り付く、とか……」
なんだか口頭試問を受けている気分で碧生は答える。
「真名、という言葉を知っていますか?」
真顔で大楠は問いを重ねる。
「あー、その、ちょっとは。えーと、その人の本名とか本質を表す名前……、ですよね? えー、その。ぶっちゃけ、ファンタジー系の漫画とか小説で知った程度の、半端な知識というか理解で……」
後半は、もぞもぞとごまかすように声が小さくなってしまったが、なんとか彼は答えた。
「とりあえずの大雑把な理解は、それでいいです」
なんだか渋い顔をしていたが、大楠は言った。
そして、
「自らの心の底へ降り、神と対峙した者は。神の前に全面降伏といいますか、そんな気分で素直に自分をさらけ出してしまうものなんです」
と言い、彼は、ちょっと疲れたように一瞬、まぶたを閉じた。
「だから神に問われれば、自然に自ら真名を明かす。つまり、広い意味で神に自分を委ねるといいますか。ごく自然とそうなりますし、そこに自分で制限を課すのは棕櫚くんの言う通り、通常不可能です」
「そう、なのですか?」
どうにも理解できず、碧生は首をかしげる。
「そうなのですか?や、あるかい。お前、無双かましてシレッと涼しい顔してる、見てて腹立つタイプの主人公か!」
ナンフウにツッコまれるが、碧生としては困惑するしかない。
「う? う、うーん。多分そんなカッコええモンやないと思うんやけど……」
「……なるほど」
銀雪先生がつぶやき、軽く笑んだ。
「オモトノミコトが碧生くんへ、『泉をいたわってやってくれ』とおっしゃったのがわかるような気がしますね。神を前にして、ここまで怯まず対峙できるのは稀に見る才能です。ミコトご自身が『久しい』とおっしゃったくらいですし、歴代のツカサにも、ここまでの人はなかなかいなかったのでしょうね」
「……はあ」
あやふやな顔で返事をする碧生へ、大人たちは複雑な顔をした。
優秀なツカサの存在はめでたいが、本人にその自覚がなさすぎることに、漠然と危機感めいたものを感じる。
この若木を育てるのは想定外に大変かもしれない、という、畏れに近い不安が兆すが。
彼らは目顔で、その懸念ははいったん、横に置くことにする。
「では、最後に。棕櫚くん、話してもらえますか?」
ナンフウは居住まいを正し、緊張した面持ちでゆっくりと話し始めた。
「神事で泉の水をいただいた直後、オレ…ボクは。アチラの白い平原に立ってました。皆さんと同じように」
軽くうつむき、呼吸を整えた後、思い切ったようにナンフウは続けた。
「行ってすぐ。ここには来たことがあると、強烈に思いました。夢で見たとかやなく、ガチで来たって。願い事を、叶えてもらいたい一心で」
「その、願い事って?」
銀雪先生の問いに、ナンフウは真顔で、静かに答えた。
「『波多野恵治と家族になりたい。ヒトに近きクサ、として波多野恵治のそばで一緒に暮らしたい』……それがボクの願いでした」
(ヒトに近きクサ!)
ドクン、と大きく、碧生の心臓が鳴った。
『ヒトに近きクサ』。
資料本に書いてあった『小波神社 縁起』の中にあった言葉だ。
読んでいた時も、これと対で書かれていた『クサに近きヒト』と共に、おもとの守関連のワードではないかと彼は思っていたが……。
ナンフウの話は続く。
「その時は、お名前までわかっていませんでしたが。白い大地にすっきりと生えている神々しい木が、昔から伝えられてる願いを叶えてくれる神様やとわかりました。ボクは必死で願いました。そしたら。弥栄、お前の願いの強さこそが力になる、神様にそう言われ……」
ナンフウはひとつ大きく、息を吐いた。
「気付いたらボクは。波多野の家の裏庭にある、この家のシンボルでもある大和棕櫚の根元でぐうぐう寝ていたんです。どういう訳か、人間の六歳児くらいの身体でした。生き物としてのボクは決して幼児やなかったんですけど、ヒトとしての身体は完全に幼児で……その身体のせいか、精神も完全に幼児化してて……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
碧生はようやく声を上げる。
あまりにヤツの話が淡々と進むのもあり、碧生はやや圧倒されていたが。
そのまま聞き流せるような話ではない!
「ナンか、メッチャ当たり前みたいに話が進んでるけど。お前、その……」
「ああ」
ふっと、ナンフウは少し哀しそうに笑った。
「オレは、人間とは違う。……波多野の家の、カッコよく言うたらシンボルツリーになるのかな? ザッと180年くらい生きてる……和棕櫚の、木霊やねん」




