12 木霊②
彼女はそこでお茶に口をつける。
「『弥栄。恙ない一年になろう。泉をよく世話してやってほしい。そして……若木を守り、うまく育てよ。それが一番、泉のためになる』……これが今年、私の預かった神託になります」
彼女は居住まいを正し、碧生とナンフウを交互に見た。
「おそらく、私にだけ与えられた使命というよりも。私を含めたおもとの守である大人たちすべてに、大なり小なり与えられた使命でしょう。そんな気がします。泉を含めた地域の未来のため、我々は力を尽くせとミコトはおっしゃっている気がします……たとえ。泉の余命が、後わずかだとしても」
瞬間的に場に緊張が走ったが、すぐに緩んだ。
喜ばしくはないが既定の事実、なのだろう、守の大人たちにとって。
碧生はそう思い、チラッとナンフウの顔を見た。ヤツもそう考えているらしく、目でうなずいてきた。
「後わずかとはいえ泉は今現在、生きてらっしゃいます。泉亡き後に小波という町が消えるわけでも、ここに住まうヒトを含めた動植物が絶えるのでもありません。今回、新しいモリとツカサを得たのですから、むしろ泉の寿命は、延びたのかもしれませんね」
そう言い、銀雪先生は少し笑った。
「若木を育てろという使命は、今まで何かと泉やオモトノミコトに依存してきた小波という町に、いい加減自立しろという神様からのご指示なのでしょう。少しずつ少しずつ自立の道を模索する為にも、若いモリとツカサがのびのび活躍できるよう、私たちはサポートしてゆきたいと……そんな風に思います」
不意に乾いた拍手の音が響いた。
恵月先生が拍手していたのだ。他の大人たちも笑みを浮かべ、お互いの目を見て拍手をした。
なんとなく圧倒され、碧生とナンフウはしばらくすくんでいたが……どちらからともなく立ち上がり、深く頭を下げた。
拍手が一段と大きくなり、それはしばらく続いた。
拍手が収まった後、銀雪先生は碧生に、アチラであったことについて訊いた。
「えっと。アチラでボクは、まず、ボーッと真っ青な空を眺めていました」
答えているうちに何故か、呼吸が浅くなってきた。額にじわっと汗がにじむ。
アチラで経験したあれこれは、客観的にはどれも大したことない、はず。
別に、ものすごく恥ずかしかったり後ろめたかったり……というほどのことも、何もない。
にもかかわらず、さながら、ずっと隠してきた秘密を初めて他人に語る時のような、恐ろしさと紙一重の抵抗感がある。
抵抗感はあるが、言わなくてはならない、否、むしろ言いたい、衝動に近い思いが湧く。
その不思議な衝動のまま、碧生は言葉を続けた。
他人に傷付けられるのが怖くて、心を開かずうわべだけ付き合う癖があったこと。
お陰で人付き合いに摩擦はなかったが、本当の意味でちゃんと人間関係を築けなかったと気付いたこと。
気付いた瞬間、オレはアホや、とつぶやくと、すぐ後ろにオモトノミコトが現れたこと。
「すぐ後ろに、オモトノミコトが?」
驚いたように松英さんが声を上げるのに、碧生は首をかしげる。
「……ええ。ああ、さすがに驚きましたよ」
しかし松英さんの驚きは、単純に『後ろに思いがけないモノがいた』というタイプの驚きとは、ズレているようだ。
「あの。すぐ後ろに、ですか? ……心臓、止まりそうになりませんでしたか?」
おそるおそる、という感じで彼に問われたが
「ええ? いやまあ、ビックリはしましたけど。さすがに、そこまでは……」
首をかしげながら碧生が答えると、松英さんはひとつ、大きく息を吐いた。
「……なるほど。これがツカサたる者の資質、なんですね」
独り言のように呟くと彼は、やや引きつった笑みを浮かべて言った。
「いや、失礼しました。続けてください」
松英さんの引っ掛かるポイントがよくわからないまま(彼がオモトノミコトを恐ろしいと思っているのは、さっき聞いた話で碧生も漠然と理解していたが。恐ろしさの質や量が、自分とどのくらい違うのかまで把握していない)、碧生は話を戻す。
「……自分を愚かと自覚する程度には利口になったのか、と言われました。その瞬間、『一角のミコト』という名前が出てきました。ボクにとってオモトノミコトは、『一角のミコト』と呼ぶべきお方やと、自然に思ったんです」
大人たちはうなずき、代表して銀雪先生が口を開く。
「そうですね。神事を経てアチラへ向かい、アチラでかの方とお会いしたら。かの方の名前が、自然と浮かんでくる。ここはモリもツカサも、古来、変わらないようです。ただ……」
ふと銀雪先生の顔色が変わる。
「自分の心の奥を知り、オモトノミコトに出会って名前を捧げたら。普通はそこで、自分も名乗り、神託をいただいて戻ってくるのですが。碧生くんはそれにしては、ずいぶんと長くアチラで留まっていたようですね。何か……、あったのですか?」
「あー、ようわからんのですけど……」
碧生は話を続ける前に、自分の前にあるゆのみのお茶を飲み干した。
妙に喉が渇いている。
「ミコトに名前を訊かれて。ボクは、ナンデか理由はわかりませんけど、姓名名乗るんに抵抗感じて。結木、とだけ名乗ったんです、けど……」
瞬間的にその場がざわっとしたが、すぐに静かになった。
「ほしたら、自分から真名を名乗らへんのは用心深い、神の前で自我を保つツカサは久しい、弥栄、とかなんとか、褒められたんです」
「おい、結木」
ナンフウが目を真ん丸に見開いて声をかけてきた。
「お前。オモトノミコトにフルネーム名乗らんと、平然としとったんか?」
「あー、いや平然と…とまでは。あ~、ソレってやっぱまずいんかな?」
あやふやな顔で碧生は、ナンフウを見た。
「まずいとかなんとかやなくて……」
呆れたような怯えたような、複雑な表情でナンフウは言う。
「不可能や」




