12 木霊①
そこで今回の寄り合いとしては一区切りがついた、のだろう。
空気が和やかになり、野崎夫人と銀雪先生、雪嶺が中心になってお茶を淹れ始め、松英さんが腰軽く立って部屋を出て行くと、大きな盆に茶菓子を載せて現れた。
真っ先に碧生の前へ茶菓が供せられたのには、(立場上そういうものではあろうが)申し訳ない気分だったが、礼を言って大人しく受け取る。
菓子は、羊羹一切れと菊の花をかたどった季節の練り切りだった。
添えられた黒文字を使って切り分け、いただく。
ドラマなどの映像で見たことはあるが、リアルにこういうものを使って和菓子をいただくのは初めてだ。
上品な甘みの菓子で美味しい……のだろうが。
おっかなびっくり食べているので、味がよくわからない。
(……どうせやったら、鯛焼きか大福を手づかみで食いたいなあ)
そんな罰当たりなことを思いながら、碧生は頃合いに冷めた茶をすする。
お茶はとても美味しかった。
「例年、神事の後の寄り合いは、それぞれがアチラでお会いしたオモトノミコトについて、詳しく話すことになっています」
お菓子を食べ終わり、お茶が淹れ直された後。
銀雪先生が言った。
「今回も通常通り、アチラであったことやアチラでのミコトの様子などを語り合いましょう。今回、若葉として参加した二人は最後に話してもらいますね。それでは松英さんからどうぞ」
飲んでいたゆのみを置くと、松英さんは話し始める。
「私がアチラでお会いするオモトノミコトは……『虹の孔雀』とお呼びしています」
そこでお茶をすすり、彼は、碧生とナンフウを見た。
「名前の通りクジャクの姿をしていらっしゃいます。身体は純白で瞳は緋色。虹のような七色に輝く尾羽を広げた……そんな姿です」
なぜか彼は、そこで諦め笑いのような表情をした。
「ただ……私は。なんとかそうだとわかる程度の距離にしかかの方に近付けませんし、かの方と一瞬目が合っただけで恐ろしく、思わず下を向いてしまいます。下を向いている私へ、かの方は淡々とお言葉を述べ……それを持って帰るのが、私にできる全てです」
今回は『弥栄。恙ない一年になろう。泉をよく見てやってくれ』だけでした。
言い、諦め笑いを彼は深める。
「若い頃はそんな自分が不甲斐なかったものですが。私の仕事はそちらではなく、野崎の血筋であることを含め、現実の立場で出来るあれこれだと、不惑になる頃には思うようになりましたね」
それでも残る複雑な思いが、どことなく彼の表情に揺曳していたが。
声は落ち着いていた。
「私のオモトノミコトは……」
雪嶺が語り始めた。
「広い空すら覆いつくす、一面に広がる枝が印象的な……世界のすべてといえそうな、常緑樹の姿をなさっています」
軽く頬を染め、うつむきがちに彼女は言う。
「『世界樹』、そうお呼びしています。いつも優しく気遣ってくださった後、神託を述べられます」
(……は? 優しく、気遣う?)
オモトノミコトが?
あのオモトノミコトが?
マジか?
碧生は思ったが、とりあえず黙ったまま話を聞く。
「ワシのオモトノミコトは……」
恵月先生が話し始める。
「雪嶺さんみたいなお優しい方やなさそうやな。まあ、ワシが長いことこの役目から逃げてたから、呆れてはるのかもしれんが」
お茶をすすり、彼は続ける。
「真っ白なタキシードに真紅の蝶ネクタイ、右手に白い指揮棒らしいものを持った、ゾッとするほどの美青年でな。皮肉そうな笑みを常に口許に湛えた、一筋縄でいかんお方やとひと目でわかるおっかない方や。『白のコンダクター』とお呼びしてます」
どう見てもオーケストラの指揮者に見えるからな。
彼はそう言い、ちょっと笑う。
「おっかないけど、どことなく愛嬌のある方でもあるんやで、不思議やけどな」
(……愛嬌?)
オモトノミコトに愛嬌、は、どう考えても結びつかないが。
『優しい』よりはわかる気がすると、碧生はひそかに思う。
「私は」
大楠が居住まいを正し、語り始める。
「信じられんくらい齢を重ねた、大樹。そんな姿です。荘厳といいますか……あの方の前に立ってると、自然と頭が下がります。『木霊王』――そうお呼びしてます」
そして彼は、碧生とナンフウの顔を見た。
「この度の神託として、最初の部分は先の方々とほぼ同じでしたが。私にだけ与えられた、神託がありました。『若木たちをより良く導きなさい』――これこそが私に与えられた役割でしょう。お二人とも、今後よろしくお願いします」
「あああ、その、こ、こちらこそ」
「よ、よろしくお願いシマス」
急に話を振られた二人の少年は、慌てて答える。
大楠はにっこりすると、うんうんとうなずいていた。
「私は……」
彼らの様子を微笑ましそうに見ていた銀雪先生が言う。
「前にも少し話したと思いますが。私がアチラでお会いするオモトノミコトは、黒いヴェルベットのワンピースの、長い黒髪を無造作に垂らしたすさまじいまでの美少女の姿でいらっしゃいます。『黄泉津姫』――そうお呼びしております」




