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クサのツカサ  作者: かわかみれい
1 守のツカサ〜中学生編
54/56

11 ことほぎ④

「結木くん」


 恵月先生が声を上げる。


「神(さん)が、お前はツカサだ、とか言わはったとしても。そんなことオレは知らん、勝手なこと言うな。そない思いはるやろうし、その方がまあ、フツ―の感性や。ワシがその役やれ()われても、困って逃げ出したなるような気ィするしナ。その気持ちを無理に押し殺して、オレはツカサやねんからしっかりせなアカンと頑張りすぎるんも、不健康やと思うねん。せやから……こう考えてやってくれんか?」


 恵月先生は真摯な目で碧生を見、言った。


「はっきり言う。おもとの泉はすでに、余命宣告されてる重病人……人間で()うたらそんな感じなんや。今日明日どうこうってことはないけど、五年先十年先はどないなってるかわからへん、それくらい……病んではるねん」


 おもとの守の大人たちがギョッとした顔で恵月先生を見るが、彼の表情は変わらない。


「そういう人がたまたま近くにいてはって、ナンかの縁で知り()うたとしたら。たまには世間話に付き()うて、一緒に茶ァくらい飲んだりするやろ? それ以上のことは(ナン)も出来へんけど、そういう何気ないことが、病人にとっていくばくかの救いや慰めになるんやないかとワシは思うねん。もしワシが病人の立場やったら、そない思いそうな気ィするしな」


 恵月先生の頬に儚い笑みがかすめる。

 何かを思い出しているような哀しい表情が、一瞬、揺曳した。


「我々やキミに求められてるんは、多分、そういう役目やないかと思いますよ。泉が残り少ない寿命をまっとうするんを、見守ってやりませんか? ……キミを中心に我々全員で、一緒に」


「恵月、先生……」


「結木くんはオモトノミコトに、泉をいたわってやってくれ、そう言われたんやろ?」


 何故そこを確認するのかわからなかったが、碧生はうべなう。


「普通の(モン)は、泉を見てやってくれとか世話してやってくれって、言われることが多いんや、気付いてはれへんやろうけど」


「あ……」


 そう言えばそうだった。

 神事では、ナンフウを含めたモリの皆、そういう言葉での神託だった。


「世話とか何とかも大事や、基本中の基本、絶対必要なことやろう。せやけど結木くんには、もう一歩、踏み込んだことをお願いされたんや。キミやったらより泉に寄り添ってくれる、ミコトはそない思わはったんやろう。ミコトにそう思わせるだけのナニガシかを、キミはあの場……『神の庭』で示したんや、自覚してはるかどうかはともかく」


 碧生は『神の庭』でのやり取りを思い出す。

 特別すごいことを言ったりしたりした覚えはないが、自分なりに真っ直ぐ神――一角のミコト――へ対峙した。

 対峙した結果、その心根や良しと神が認めてくれたのだとしたら。

 そこは、誇りを持っていいのかもしれない。


『泉を、いたわってやってくれ』


 一角のミコトは冷たくて傲慢で理不尽で、美しいが恐ろしい存在、だが……この去り際の一言には。

 親心、というようなものが、ほんのり感じられた。

 碧生は初めて、かすかに、ふっ…と、あの神に対し親しみのようなものを覚えた。


「そう、ですね。そうお願いされたのは確かです。理不尽で一方的ですけど、確かにボクは、一角のミコトにそうお願いされました……」


 すぼんでいた肩が自然と開き、スッと背が伸びた。


「ツカサの自覚もないですし、ガキのボクが出来ることなんかほとんどないのが現状ですけど。この役目に選ばれて、泉のお世話やいたわりを頼まれた限り。出来るだけのことはやりたい、そう思います」


 居住まいを正し、碧生は頭を下げた。


「皆さん、どうかよろしくお願いします」


 そう言った刹那。

 ふわん、と視界が揺れた。

 驚いて目を上げると、白っぽい何か――霧状の水、に見えた――が、碧生を中心に広がり、モリたちを素早く包むと、消えた。


 理屈抜きでわかる。

 おもとの泉を守る、守り人のチームとしての絆が今、成立した。

 本当に後戻りできない、とでもいう、悔やむような気分が瞬間的に胸に兆したが。

 責任感、とでも呼ぶべき感情がじわじわと湧いてくる。


「新しいツカサにことほぎを申し上げます」


 不思議と今まで黙っていた、野崎当主の松英さんが間髪入れずにそう言った。


「ことほぎを申し上げます」


 大人たちとナンフウが唱和する。


「ありがとう、ございます」


 礼を言った瞬間、碧生の目頭が熱くなった。

 どういう種類の涙なのかよくわからなかったが、それは決して、嫌な涙ではなかった。

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