11 ことほぎ③
恵月先生の言葉通り、おもとの守の大人たちが三々五々、やってくる。
元気を取り戻した碧生へ、大人たちはホッとしたように微笑みかけてくれるが、なんとなく……よそよそしいというか、距離がある雰囲気がして、碧生は引きつったような作り笑いを浮かべ、立ったり座ったり会釈したり、していた。
大人たちはさっさと動き、座卓の位置を直したり、座布団を並べて席を作ったりしている。
どうしていいのかわからないので、碧生とナンフウは部屋の隅で小さくなっていた。
(……みんな、着物、着慣れてるんやなあ)
早朝から着ている筈の着物を、皆、今も隙なく着こなしている。
もちろん着崩れを直すぐらいのことはしているだろうが、それでもすごい。
留袖や紋付袴の大人たちもそうだが、振袖の雪嶺は特に大変ではないだろうか?
現実逃避的にそんなことを思っている碧生へ、銀雪先生が声をかけてきた。
「ツカサ殿」
軽い失望感が胸をかすめたが、碧生は
「はい」
と返事をした。
「寄り合いを始めますので、どうぞこちらへ」
示された席は、床の間を背にした所謂『上座』。
席次についてなどろくに知らない中学生の碧生であっても、雑学的に『床の間を背にした席が上座』くらいは、ぼんやり知っている。
戸惑う彼へ、少し困ったように銀雪先生が言う。
「あなたの人柄から考えて、この扱いに困りはるのはわかります。それでも……あなたはツカサなんです。ヘンな言い方になってしまいますけど、ある程度は諦めてください。少なくとも、『おもとの守』の寄り合いの間だけでも」
「わ、かり、ました」
ため息を落としながらも、碧生は腹を括った。
示された席へ座る。
大人たちもそれぞれ席に着く。
ナンフウは恵月先生の隣だ。
そこは変わらないのが、なんとなく羨ましい。
「今回までは先のツカサ代である私が、寄り合いを仕切らせていただきます」
銀雪先生が言う。
「次回以降は引継ぎを進めながら、徐々に我々の新たなツカサに仕切っていただきましょう」
「え?」
ぎょっとして銀雪先生を見る碧生へ、苦笑気味に彼女は、大丈夫ですよと言う。
「引継ぎはゆっくり行いますし、少なくともあなたが中高生の間は、守としての主な運営は我々大人が今まで通り、行います。心安らかに、少しずつ、慣れていってください。ただ……」
銀雪先生は頬を引く。
「オモトノミコトに認められた以上、あなたはおもとの守のツカサです。まだ十四歳のあなたには酷ですが、そこはお忘れなきように」
碧生はぎくしゃくとうなずく。
正直に言って碧生は、『おもとの守』にとって『ツカサ』が、ここまで尊重される役だとは思っていなかった。
例えば、クラス委員長と各クラス委員、くらいの感じかと漠然と思っていたのだ。
予想外の重圧に、碧生はなんだか泣きたい気分になってきた。
「まずは我々モリが、新しいツカサへご挨拶を申し上げます」
銀雪先生の言葉と同時に、モリたち……ナンフウでさえ、その場で一斉に頭を下げた。
銀雪先生が続ける。
「我らのツカサ・結木碧生殿。何卒我らをお導き下さいますよう、お願い申し上げます」
どう返していいのかわからず絶句している碧生へ、頭を上げた銀雪先生が困ったように眉を寄せ、言う。
「いったん、あなたをツカサではなく、ウチの書道教室の生徒さんである、結木碧生くんとして接することにしましょうか?」
「あ……はい。それでお願いします」
ちょっとホッとして、碧生は答えた。
出来ればずっとそう接して欲しいところだが、と心で思うが、さすがに口には出さない。
「碧生くんがこの扱いに困惑してはるのはわかります、でも困惑しているのは、実は我々サイドもそうなんです」
銀雪先生は言う。
「あなたはオモトノミコトから、『お前はツカサだ』ということほぎをいただいた、のですよね?」
「ええ……はい」
うなずくと、銀雪先生は真顔になる。
「そこまでの言葉でことほがれたのは……モリであれツカサであれ、いません。少なくともきちんと記録に残ってる、ここ二百年ほどは。普通は『モリと認める』『ツカサと認める』ということほぎになります」
「……それ、そんなに違います?」
どうもよくわからない。
ニュアンス的に、『お前を……と認める』よりも『お前は……だ』と断定している方が、強い意味を持つのはわかる。
しかし、誤差の範囲内のようにも感じる。
「結木くん」
大楠が小さく手を上げる。
「ちょっと訊きますけど。結木くんは、『言霊』とか『言霊信仰』という言葉、ご存知でしょうか?」
「あ……はあ、ちょっとは。古典の時間とかに、ちらっと聞いたことがある程度ですけど」
碧生があやふやな顔で答えると、とりあえずはそれで十分ですと大楠は言い、柔らかく微笑んだ。
「現在は昔ほど、言葉そのものに重きを置かないのが普通ですが。神託や神からのことほぎは、昔通りの重みがある、と考えられています。……少なくとも、ここ小波では」
「あの。でも。それって……万が一、ボクが言い間違えてたとか、そういう場合は……」
「まずあり得ません」
あっさりと大楠は言い、モリの大人たちもうなずく。
「あちらから戻った者は、ミコトから受け取った言葉をそっくりそのまま、語ります。自分の意思で神託を捻じ曲げることは、儚いヒトの身では不可能でしょう。結木くんも、実際経験したからわかるのではないでしょうか?」
言われ、碧生は思い出す。
オモトノミコト、すなわち一角のミコトからの言葉を口にしようとした瞬間、身体の内側が泉の水で満たされたような、不思議な感覚があったこと。
その水が体の芯から、言葉を押し出すような感覚だったことを。
「そう、ですね。なんとなく……わかります」




