11 ことほぎ②
とりあえず碧生は、着替えて食事をとることにした。
こちらへ持ってきますよという野崎夫人を制して(足腰立たないくらい弱っているのならともかく、すでに碧生は普通に近い体調に戻っているのだ)、彼は、制服や荷物を置いているという隣室へ行く。
寝かされていた部屋と同じくらいの大きさの部屋で、いい感じの大きさの座卓と座布団がいくつか、あった。
碧生はその部屋の隅で、着慣れていない浴衣の寝間着を何とか脱いで畳み、ハンガーにかかっているスラックスをはき、ネクタイをつける。
それだけでずいぶんホッとした。
時刻は午前十一時を回った頃。
四時間は前後不覚でぐっすり眠っていたことになる。
乙彦は、初めて神事に臨んだ若葉にありがちなことだと言っていたが、やはりアレは普通のことではないのだな、と、改めて碧生は思う。
(……普通のことやないけど。だからって全然、カッコよくないよなあ)
心の中でこっそりぼやく。
漫画やアニメなら、異界と通じることが出来る『選ばれし者』は、なんだかカッコイイ能力や技に目覚め、世界を救っちゃたりなんだりするのがお約束だが。
碧生の『能力』は、泉の水を飲んだら『神の庭』とかいう生死の狭間らしい場所?へ飛び、おっかない神様とお話をする、だけ。
(……あ、サキモリ兄弟とかとおしゃべり出来るんも、能力の内かな?)
それはそれなりに楽しいが、カッコイイかどうかといえば……。
(別にカッコよくはない。断言できる)
「……はあああ」
場合によったら死にかける、らしいから、ハイリスク・ローリターンもいいところだ。
そんなことを思うともなく思いつつ、彼はもぞもぞと自分の通学リュックから、アルミホイルに包まれたおにぎりと、ほうじ茶を詰めた水筒を取り出す。
(うーん。エエ格好せんと一個くらい、一角のミコトに願い事、叶えてもらった方が良かったかも?)
座卓の前へ移動しながらちょっと思う。
まあ、ちょっとだが。
仮にもう一度あの場に立ったとしても、断わりそうな気がする、自分の性分上。
損な性分である。
ブツブツと心で愚痴を言いながら碧生は、アルミホイルをむいておにぎりにかぶりつく。
塩気の利いた、海苔に包まれたおにぎりがしみじみ美味い。
腹ペコなのを思い出す。
「ツカサ殿」
障子の向こうから声がして、碧生は一瞬、喉が詰まりそうになった。
『ツカサ殿』って誰のこっちゃい、としか思えないが、返事をしない訳にもいくまい。
「……はい」
水筒のほうじ茶を飲み、応える。
障子が開き、小さな丸盆を手に、野崎夫人が入ってきた。
「おにぎりはあるというお話でしたので、お汁と煮物程度を持ってきました。他の守の皆さんもそろそろお食事をなさってますから、ツカサ殿もご遠慮せずに」
「あ…、そう、ですか。どうもありがとうございます、いただきます」
もごもご礼を言い、碧生は、花麩に三つ葉、ゆずの皮をあしらった吸い物、彩りも鮮やかな野菜の煮物の小鉢、だし巻きたまご二切れが乗った小皿などを受け取る。
どれも出汁が利いていて、上等の料理屋の料理のようだ。
(……ウチの母親も料理、下手やないけど。ナンちゅーかこれ、方向性が違うってのか……、レベルの高い料理やな~)
家庭料理の味と違うで、などと思いながら彼は、有り難くいただく。
本音を言うなら物足りない量だったが、そこはわがままを言わず、出されたものを静かにいただく。
そう言えば、いつのまにかサキモリ兄弟がいない。
彼らもどこかで何か食べているのかもしれない。
ほぼ食べ終わった頃、軽い足音が近付いてきた。
からりと障子が開く。
「邪魔するで~、結木。お、ちゃんと飯食えてるやん」
「……ナンフウ」
いつもと同じ態度のナンフウに、なんだかジーンとした。
ナンフウは嬉しそうに笑う。
「良かったァ、いつも通りの結木やん。いやもう、神事終わった時は顔に血の気ないし、その次はひっくり返って爆睡やし。ホンマに大丈夫なんかって、オレ、マジで心配やったんやで」
「ああ……らしいな。心配かけたみたいで、ごめん」
「いや、謝らんといてくれ」
首を振ると、やや済まなさそうにナンフウは眉をしかめた。
「お前を布団に寝かせる時、あんまりズボンが泥だらけやったから、オレと大楠先生で脱がせたんや。意識ない時にズボン脱がされるとかメッチャ嫌やろうけど、非常事態やったからカンベンな」
「あ……いや。面倒かけて、スマン」
(ナンフウと大楠さんやったんか)
嫌は嫌だが、状況的に仕方がない、くらいはわかる。
後で大楠にも一言、お世話かけてすみません、くらいは言うべきだろう。
「こら」
障子の向こうに恵月先生が来た。
「おい棕櫚。なんじゃお前、ツカサ殿にそのタメ口は。もうちょっと立場をわきまえた口の利き方、出来へんのか?」
「えー? そんな態度、結木が喜ぶわけないやん」
むくれ顔でそう言う息子へ、恵月先生が渋い顔をする。
「喜ぶ喜ばへんの問題と違うねん。今、この場ァは『おもとの守』でないとアカンのや、我々も新しいツカサ殿も。……ツカサ殿」
恵月先生は真面目な顔で碧生を見た。
「まもなくおもとの守の全員がこちらへ参りますので。新しいモリとツカサを迎えた、第一回目の寄り合いを始めますんで、よろしくお願いします」




