11 ことほぎ①
意識が徐々に明るんでくる。
睡眠と覚醒の間で、碧生は寝返りを打った。
柔らかい寝床、肌触りのいい上掛け。ほこほこと暖かい。
『なあなあ、おにいちゃん。これでユーキは守のツカサなんやろ?』
『そうやで。どこに出しても恥ずかしィない、正真正銘の守のツカサや!』
おいおい、『どこに出しても恥ずかしィない、正真正銘の守のツカサ』って、一体全体どーゆー存在やねん。
覚醒へ向かう薄暮の意識の中で、碧生はツッコミを入れる。
どうやらサキモリ兄弟が、そばで寝そべっておしゃべりしているらしい。
『うーん、そやけど。ボクにはそんなに変わって見えへんで、前のユーキも今のユーキも』
乙彦らしい声に続き、兄彦が答える。
『別に見た目は変わらへんで。せやけど、ナンちゅーてもオモトノミコトの守りがついたやんか。アホなフジョーがちょっかい掛けようとしても、ミコトの雷撃で黒焦げや。それがわかるから、よっぽど強いかよっぽどアホやない限り、ちょっかい掛けるヤツはおらん。つまりユーキは、霊的な障害から守られてるって訳や』
『ふーん。まあ……強なったんは感じるで。せやけどユーキって、元からそんな感じやなかった?』
乙彦が、いまいちわからない、という感じでそう言うと、兄彦のうべなう気配がした。
『あー、ソレな。そやけどメッチャ不安定やったやん。場合によったら闇落ち一直線……お? 目ェ覚めたみたいやな。野崎のおばちゃん、呼んでくる!』
兄彦らしい軽い足音(というか、寝ていないとわからない程度の振動)が遠ざかってゆく。
(んあ? そんな感じって……どんな感じやねん……)
もぞもぞ思いながら、碧生は薄目を開ける。
すぐ近くに乙彦がいた。近々と覗き込んでいる緑色の瞳がいきなりあったので、正直、ギョッとした。
乙彦は目を細め、にゃっと短く鳴いた。
『おはよう、ユーキ。元気になったみたいやな』
「え? あ、はあ。そう……ですね」
前後のことがよくわからない。
起き上がって周りを見回す。
八畳ほどの畳の部屋。
三方は土壁、一方は障子。
障子は少し開いていて、その先は濡れ縁になっているらしい。
部屋の真ん中に延べられた清潔な寝具。
そしてその寝具の上にいる自分は、浴衣のような寝間着を着せられていた。
「え?」
胸元の生地を軽くつまむ。
紺地に白の絣の、平織りの木綿……であろうか?
なんとなく、ご隠居さんの寝間着みたいな印象だ。
寝間着の下はネクタイを外した状態のカッターシャツを着ていたが、スラックスは履いていない、ようだ。
(ええ? なんでこんな格好? ってかオレの制服は? そもそもナンでオレ、ここで寝てるのん?)
おそらくここは野崎邸の一室だと思うが、状況すべてがわからないので軽く混乱していると、乙彦が碧生の膝に乗ってきた。
『ユーキはおみず神事が終わってすぐ、ひっくり返って寝てしもたんや。これって、初めて神事に参加した、モリやツカサの若葉にはちょいちょい、あることらしいから、あんまり心配いらんで』
「あ……ああ、そうなん、ですか……」
思い返してみれば。
泉近くのぬかるんだ地面に、肘や膝を思い切り着いたはず。
『ひっくり返って寝てしまった』碧生を、屋敷内へ運んで布団に寝かせるにしても、泥の付いたブレザーやスラックスのまま、寝床へ入れられないだろう。
(……え? せやけど、ちょっと待てや。ブレザーはまあエエけど。スラックスは誰が脱がせたんや?)
まさか銀雪先生か? あるいは同性で歳の近い、ナンフウか?
「うえええ……」
どちらであっても、メチャクチャ恥ずかしいしカッコ悪い!
再び寝転がり、上掛けを引き被る。
うめいて上掛けを引き被ってしまった碧生を、乙彦は不思議そうに、やや心配そうに見た。
『どないしたん? どっか苦しいの? もうじき野崎のおばちゃん来るから、ボクからおばちゃんへ、お医者呼ぶように言うたげよか?」
「あああ、いえ。そういうのは大丈夫です」
上掛けから顔を出し、碧生は慌てて言う。
乙彦は首をかしげ、
『そう? でもユーキ、ナンか顔、赤いで?』
熱とか、ない?
真面目にそんなことを言う乙彦へ、大丈夫大丈夫と繰り返していると、失礼しますという声と同時に、障子がからりと開いた。
兄彦に先導されるように入ってきたのは野崎夫人だ。
「サキモリの兄彦さまから、ツカサ殿がお目覚めになられたと伺い、参上いたしました」
妙に丁寧な口調で言うと、彼女は、寝床から少し離れた位置に正座し、手をついて深く頭を下げた。
「ツカサ殿がお召しになっていた制服は、泥汚れが気になるので私が手入れさせていただきました。大雑把な、応急的なことしかできませんでしたが、泥は落としましたので、すぐにでもお召し替えになれます。隣室に置いてありますので、必要でしたらすぐに持って参りますが、いかがいたしましょうか?」
「あああ、あの!」
彼女が自分へ大真面目に、さながら目上の人物のように応対をするのに、碧生は最初は意味がわからず、ポカンとしていた。
一瞬、ドッキリかとも思ったが、野崎家の令夫人が中学生の子供にドッキリを仕掛ける意味がわからない。
本当の本気、大真面目に対応しているとしたら、これは一体どういうことなのだ?
『ナニうろたえてるねん、ユーキ』
ややあきれたように兄彦が口をはさむ。
『ユーキは守のツカサ、おもとの守の中で一番偉いヒトやねんから。そりゃ、野崎のおばちゃんが遜った態度になるに決まってるやん』
「……は?」
「ごめんなさいね、結木さん」
混乱している碧生へ、野崎夫人がすまなさそうに声をかけてきた。
「ビックリしはったでしょ? でもこれが、我々『おもとの守』がツカサである結木さんに対して相当の対応なんです。……その。慣れていただかないといけませんので……、ある程度、辛抱してくださいね」
碧生は絶句し、夫人の、品のいい顔を眺めるしかなかった。




