10 青い空、白い大地Ⅱ③
「結木! 結木!」
すぐ近くで切羽詰まったように呼ぶ声は、ナンフウのものだ。
両腕でなんとか身体を支え、碧生は必死で息を吸い、吐く。
不意に肩をつかまれ、少し上体が起こされると、呼吸がやや楽になった。
なんとなく薄暗い、ふらつく視界の正面に、濃紺の布地が見える。
濡れるのもかまわず碧生の正面にまわり、肩をつかんで起こしてくれたのは、どうやらナンフウらしい。
「碧生くん!」
「結木くん!」
大人たちの乱れた声も聞こえてくる。
誰かが強く背中をさすってくれているが、誰だかよくわからない。
「だ、だい、じょ、ぶ、です……」
ようやく少し整ってきた息の中、碧生はなんとか、皆へそう言う。
息苦しいが、それ以外特につらい部分はない。
少なくとも自覚はない。
「アホ、大丈夫なことあるかッ。お前、一分どころか三、四分、息せんと固まっとったんやぞ! 唇はだんだん紫色になってくるし、もしかして死ぬんやないかと……」
泣きそうな顔でそう言うナンフウの充血した目を、碧生はぼんやりと見る。
(……え? そんな……ヤバそうな感じ、やったん?)
確かに、アチラ――神の庭――に、いつになく長時間、碧生はいた。
その自覚はある。
だが、体力的に苦しいとか体調が悪いとか、アチラで一切感じなかった。
一切感じなかったという事実に思い至り、彼は、心の底からゾッとした。
あれ以上あそこにいれば、おそらく碧生は、自覚のないまま死んでいたのかもしれない。
「碧生くん。ここがどこか、わかりますか?」
背中をさすっていたらしい人が手を止め、そう問いかける。
声から、どうやら背中をさすってくれていたのは、銀雪先生らしい。
「あ? ……えっと、おもとの泉、ですよね?」
「キミの前にいるのは誰か、わかりますか?」
「ナンフウ……波多野、棕櫚、くんです」
「私が誰かわかりますか?」
「銀雪先生……あの、ツカサ代、です」
変なことばかり訊くんだなぁとぼんやり思いながら、碧生は答えた。
「今、自分は何をしていたのかわかりますか?」
はっきりしてきた頭で、碧生は改めて銀雪先生を見た。
彼女はひどい顔色で、碧生の肩に置いた手の、指先が震えていた。
浅い息を繰り返しつつ、強いて落ち着こうと彼女は努力しているようだった。
「おみず神事を、行っていました」
そう答えた瞬間、パチン、と、碧生の身体の中で何かが弾けたような感触があった。
途端に意識と視界がクリアになる。
肺に残るよどんだ空気をゆっくり吐き出すと、自然にスッと背筋が伸びた。
「おみず神事を行っていました。アチラで……オモトノミコトとお会いしました」
静かな声で碧生が言うと、やや戸惑ったそぶりを見せたものの、銀雪先生は次の瞬間、ツカサ代の顔に戻った。
「オモトノミコトは、なんと仰せられましたか」
紋切りの問いに、碧生は答えた。
「オモトノミコト……一角のミコト、は。こう仰せられました」
その刹那。
碧生の身体の内側が、土のにおいを含む水で満たされたような、不思議な感覚があった。口が、自然と言葉を紡ぎ出す。
「弥栄。お前はツカサだ」
大人たちから、ザワッとでもいう声にならないざわめきが広がる。
「泉を、いたわってやってくれ……、と」
「い、弥栄。お疲れ様です」
瞬間的に目を見開いた後、銀雪先生は紋切りの言葉を言うと、こう続けた。
「これをもちまして、本年度のおみず神事を終了いたします。皆様、お疲れ様でした」
お疲れ様でした、と、守の大人たちが応えるので、碧生とナンフウも、慌てて言う。
(……終わった。マジで終わった)
お疲れ様でしたの一瞬後、碧生は思い……ホッと息を吐いた。
その後の記憶はない。




