表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クサのツカサ  作者: かわかみれい
1 守のツカサ〜中学生編
49/52

10 青い空、白い大地Ⅱ②

 片角の白鹿は、フンと鼻を鳴らした。


「一角のミコト、か。まあ…悪くはない。何のひねりもないが素直でよかろう」


 片角の白鹿すなわち『一角のミコト』は、碧生の名付けに納得したようだ。


「その名で呼べば答えてやる。ところでツカサの若葉、お前の名は?」


「あ…その。ゆ、結木、です」


 姓名(フルネーム)を答えようとし……何故か喉に不思議な制限がかかるような感じで、彼は、姓を名乗るにとどめた。

 初めてサキモリの兄彦(エヒコ)に名を問われた時と同じ、無意識のうちに制限がかかる感覚だ。

 一角のミコトは目許だけを、可笑しそうにすがめた。


「自ら真名(まな)を明かさないとは、なかなか用心深いではないか。誰かに小賢しく教えられた訳でもなさそうだが。お前が明かさなくともこちらはお前の名くらいわかっているが、『自ら明かす』ことに意味がある。ギリギリで『己れである』ことを保てる精神力、悪くない。弥栄(いやさか)


「あ、ありがとう、ござい、ます……?」


 よくわからないが、褒められたようだ。目を白黒させながら、碧生はお礼を言う。

 が、何故褒められたのか、よくわからない。


「ここまで来て我の前に立ち、ギリギリ『己れ』を保てたツカサの若葉も久しい。褒美だ、何かひとつ願いを言ってみろ。何でも叶えてやるとは言わないが、ある程度の願いなら叶えてやれる。言え」


「……え? は?」


 碧生はポカンとするしかなかった。

 今この場で、『願いを叶えてやる』などという話が出てくるとは、まったく思っていなかった。

 一角のミコトは白けたように鼻を鳴らす。


「なんだ、お前には是非とも叶えたい願いはないのか? ずいぶんと欲がないというか……愚かというか。こんな機会、生涯に一度あるかないかだぞ。我は気まぐれ、慈悲深くもない。願いがないなら、この話はこれっきりだ」


「あああ、いえ! 決してそういう訳では!」


 慌てて否定する碧生へ、一角のミコトは再び、可笑しそうに瞳をすがめる。


「なんだ、ちゃんと人並みに欲がありそうではないか。さっさと言え。……ああ、そうそう。予め言っておくが『この先、どんな願いもかなうようにしてくれ』だの『今すぐ世界一の億万長者にしてくれ』だの、現世(うつしよ)の理を大きく歪めそうな願いは無理だからな。そういう願いは、どちらかといえば天津神(あまつかみ)の領域だ、我の手に余る。だから、お前にとって切実な、お前にとって必要な願いを言え」


(切実で、必要な……)


 碧生の頭の中で、色々な願いが断片的に浮かぶ。


 直近の課題である、展覧会の作品『明鏡止水』のこと。

 下がり気味の成績への対策。

 高校・大学受験の成功。

 そこから派生して、将来安定した職に就きたいこと……。


 ふと、振袖姿の雪嶺の白い首筋が、何の脈絡もなく浮かぶ。

 今のところ碧生は彼女に、完全に子供扱いされているが。

 少しはそうじゃない、と思ってもらえたなら……。


(アホ! ヒトの心に干渉はアカンやろ!)


 やや赤くなりながら碧生は思い……。


(……あ!)


 ひとつの答えを見出す。



「あの。い、一角のミコト」


 物問いたげに、一角のミコトは軽く首をかしげる。


「考えましたが。ボ、ボクは今、叶えていただきたい切実な願い、見出せませんでした」


「ほう。それはどういうことだ? お前はさっき、色々な願いを頭の中に思い浮かべていたのではないか? さすがに我であっても明確にはわからないが、将来のことやら女のことやら、色々な願いを浮かべていたであろう?」


 やや面白そうに一角のミコトは言う。

 『女のこと』などという直接的な言葉にうろたえ、碧生は思わず赤面したが、咳払いをして気分を変え、言った。


「あの。色々、願いはあります、悩みもいくつか。つ、つまらん、しょーもない悩みですけど、ボクとしては切実な悩みで、それを解消してもらったら嬉しいなと思います。で、でも……」


 碧生はそこでひとつ、大きく息を吐き、一角のミコトの薄青い瞳を見返した。

 氷河の割れ目を思わせるミコトの瞳は冷たい。

 ぞわっと背筋が冷えたが、碧生はあえて背筋を伸ばし、声を押し出す。


「それでは……アカンのです。叶えてもらった望みは自分のモンやない、そんな気がするんです」


「我の力添えで叶えてもらおうがどうしようが、お前は願いが叶う。叶った願いはお前のものだろう、そこに何の問題がある?」


 冷笑を含んだような口調で一角のミコトは言う。

 ひょっとして怒らせてしまったか、と、さらに背が冷えたが、もはや引き返せない。

 彼は、彼の思う本音を、美しくも恐ろしい神へぶつける。


「あの。ボクに難しいことはわかりません。でも、ひとつだけわかるのは。今回、一角のミコトへお願いして何か叶ったとしたら。ボクは一生、神様にお願いしてこの結果をもらった、そう思い続けるだろうと。ホントは自分は、この結果に相応しくないくせに、ズルしてエエ結果もらったって。もちろん、そのエエ結果に相応しいだけ、この先頑張ったらエエだけやないかとも思います。でも……」


 彼は一度ゆっくりまぶたを閉じ、再びゆっくり開けた。


「ナンか……一番最初でズルしたら。自分で自分を一生許せんような、そんな気ィになりそうなんです。ナンちゅーのか、この先、美味いもん食べても芯から美味いなァって思われへん、そんな気がしそうってのか。ボクは……美味いもん食べたらちゃんと美味いと思って、この先も生きたいんです」


 フフン、と、一角のミコトは鼻を鳴らした。

 呆れているようにも、可笑しがっているようにも取れる。


「面白い男だ。莫迦な男だともいうのだろうが。まあ……いい。さすがは……」


 一角のミコトは言葉を切り、不意に踵を返した。


「弥栄。()()()()()()()。泉を、いたわってやってくれ」


「い、いやさか……」

 

 つられたようにそう返した次の瞬間。

 碧生は、ぬかるんだ地面に手をつき、壊れた笛のようなひどい音を立てて、必死に呼吸していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ