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クサのツカサ  作者: かわかみれい
1 守のツカサ〜中学生編
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9 おみず神事Ⅱ④

 野崎邸へまず寄り、碧生は、通学リュックと母から持たされた菓子折りを野崎夫人に託す。

 屋敷の奥から軽い足音が聞こえてきた。

 碧生が目を上げると、紋付羽織袴の恵月先生と一緒に、連翹大附属中学の制服姿であるナンフウが、ふらふらと玄関へ向かって歩いてきた。


「お、おはよう……」


 目に見えてやつれ、げっそりとした顔のナンフウへ碧生は声をかける。


「おう。おはよ」


 隈の目立つ虚ろな目でこちらを見ると、ナンフウは答えた。


「……おい。お前、マジで大丈夫か?」


 靴を履こうとしているナンフウへ、碧生が小声で話しかけると


「大丈夫やないけど。このまま来年までうじゃうじゃしてたら、オレ、マジで死んでまうワ。引導渡されるんなら、早い方がエエ」


 と、完全な真顔でヤツは、ぼそっと言った。


(……い、引導って)


 ヤツの悲愴な覚悟に、碧生は瞬間的にたじろいたが。

 奥歯を噛みしめ、そうかもしれないと思う。

 碧生だって、この蛇の生殺しのような状態が続くのはキツイ。

 体育館裏でボコボコにされる?運命が既定のものならば、さっさとボコボコにされた方がすっきりするというものだ。

 

「……行こか」


 きちんと草履をはいた恵月先生が、軽い口調で少年たちへ言う。

 二人はうなずき、大人たちの後へ続いた。



 木立の向こうに、拍子抜けするほど小さな池……否。

 中央から緩やかに波が立っているから、そこから水が湧いているのだろうから、名前の通り『泉』なのだろう。

 『泉』の向かって右側に小さな祠があり、その両脇にサキモリたちが狛犬のような感じで座っていた。

 いつもは『おやつちょうだい』が口癖の乙彦も、今日ばかりはすました顔でこちらを見て、じっとしている。

 銀雪先生を先頭に大人たちは粛々と並び、ひとりひとり、祠へ向かって柏手を打ち、頭を下げる。

 目顔で促され、碧生とナンフウもぎくしゃくしながら祠の前へ進み出て、柏手を打って頭を下げた。

 そして一同は泉の前へ移動する。


「それでは本年度のおみず神事を始めます」


 一同の前に立った銀雪先生がそう言った。

 彼女のそばには、複数の小さな白木の桶と白木の柄杓を持った野崎夫人がいる。


「それではまず。野崎松英。前へ」


 はい、と答え、松英さんが一歩、進み出る。



 『おもとの守』として務める者は、『おもとの守』としての呼び名を持つことが多い、と、碧生は聞いた。

 もちろん本名でも構わないが、守としての『務め』をする自分と『務め以外』の自分を意識して別けておく方が、後々楽なのだと聞かされ、意味もよくわからないうちから彼はぞっとした。

 現おもとの守は書道を嗜んでいる者が多いので、書道の雅号を『おもとの守』としての呼び名に使う慣習なのだそう。



 野崎夫人が銀雪先生へ桶を渡し、それを松英さんに渡す。

 松英さんは受け取ると、それを足許に置いた。

 流れるようにスムーズな動きで、次に夫人は銀雪先生へ柄杓を渡す。

 渡された柄杓で彼女は泉の水を汲み、それを松英さんへ渡した。

 その水で口をゆすぎ、彼は、膝を折って足許に置いていた桶へ、静かに口中の水を吐き出す。


「虹の孔雀へ、ご挨拶を申し上げます」


 彼はそうつぶやき、泉の水面へ柄杓を近付けて水を汲み、唇を寄せる。


(松英さんのオモトノミコトの名前は『虹の孔雀』なんか。…ってことは、クジャクの姿、してるんかな)


 守ひとりひとり、『見える』オモトノミコトの姿、オモトノミコトの名前は違うと聞いていたが、本当にそうなのだと碧生は改めて知る。


 松英さんは柄杓の水を静かに飲んだ。

 一瞬後、ピクリと彼の肩の線がこわばる。

 五秒……十秒……彼は柄杓を持ったまま微動だにせず、遠くを見据えるような目で、その場に硬直していた。

 

 不意に、ピクリ、と、再び彼の肩が揺れた。

 大きく吐き出される息。

 彼は手にある柄杓を桶へ入れ、立ち上がる。


「『虹の孔雀』は、なんと仰せですか?」


 銀雪先生……ツカサ代の問いに、大きな息を数回吐いた後、彼は答えた。


弥栄(いやさか)。恙ない一年になろう。泉をよく見てやってくれ、と、仰せになられました」


「弥栄。お疲れさまでした」


 ツカサ代はそう言い、次に雪嶺へ視線を向けた。


「続いて、犀木(さいき)雪嶺。前へ」



 同じやり取りが行われる。

 雪嶺のオモトノミコトの名は『世界樹』。

 続いて呼ばれたのは恵月先生。

 彼のオモトノミコトの名は『白のコンダクター』。

 各々のオモトノミコトから伝えられた言葉は、松英さんが聞いた言葉とほぼ同じだった。


「続いて、大楠義昭。前へ」


 彼は珍しいことに、本名で呼ばれた。

 大楠が進み出る。

 同じ流れが繰り返された。

 彼のオモトノミコトの名は『木霊王(こだまおう)』。

 伝えられた言葉は、基本は先の三人とあまり変わらないが、付け加えられた言葉があった。


「若木たちをより良く導きなさい。最後に木霊王は、そう仰せになられました」


 ツカサ代は一瞬、目を見張ったが、すぐ真顔へ返り、紋切りの言葉を口にした。


「弥栄。お疲れ様でした」



 そこで大楠と銀雪先生が位置を入れ替わる。

 『おみず神事』は、ツカサもしくはツカサ代が取り仕切るのが習わしだが、ツカサもしくはツカサ代の神事は、直前に神事を終えたものが祭主になるらしい。


「野崎銀雪。前へ」


 大楠の言葉に、銀雪先生が進み出る。

 そして同じやり取り。


「黄泉津姫へ、ご挨拶を申し上げます」


 柄杓の水を飲み……硬直。

 今までの四人に比べ、硬直している時間がずいぶん長いように感じられ、碧生ははらはらした。

 やがて肩の線が揺れ、彼女は何度も大きく息を吐いた。


「黄泉津姫は、なんと仰せられましたか?」


 大楠の問いへ、彼女は答えた。


「弥栄。恙ない一年になろう。泉をよく世話してやってほしい。そして……」


 彼女はひとつ、大きく息を吐いた。


「若木を守り、うまく育てよ。それが一番、泉のためになる……そう仰せになられました」


 大楠は一瞬目を見張り、軽くうなずくと


「弥栄。お疲れ様でした」


 紋切の返答をした。

 二人は再び、互いの位置を入れ替わる。


「それでは。この秋、新しくいざないを受けた若葉のおみず神事を始めましょう。……モリの若葉。前へ」

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