8 おみず神事⑥
「そろそろ切り上げる時間になってきたんやけど、もうちょっと。二人に伝えとかなアカンことがあるんで、聞いてください」
銀雪先生の言葉に、場がピリッと緊張する。
「まず。棕櫚くんからちょっと聞きましたけど。二人とも、多分夢で、『神の庭』へ行ったことがあるそうですね」
大事な秘密を断りなく他人へ明かされた、という不快がまず胸をかすめたが、大泣きしていた自分をサキモリ兄弟二匹がかりで『寝かしつけた(少なくとも半分は、二匹による強制シャットダウンみたいなものだったと、碧生は今、感じている)』のだから、『ツカサ代』の彼女から理由を訊かれて当然だろうと、碧生は思い直す。
少年二人がうなずくと、彼女は続ける。
「実は『おもとの守』に選ばれる者は、そういう経験を持つ人が少なくないんです。もちろん最初は、ナンやようわからん不思議な夢を見たと思うだけですけど。この夢は大抵、幼児期に見ますからね」
よくあることと聞かされ、ホッとする反面、疎ましい気分も兆す。
あ~やっぱり逃げられねえんだとでもいう投げやりな諦念に、思わずため息がこぼれた。
「ツカサになる人はこの頻度が高いのも、傾向として言われてます。亡くなったウチの夫も、幼児の頃からいざないがある直前までちょいちょい、見たそうですから」
「あのう……」
ナンフウがおずおずと銀雪先生へ問いかける。
「オレ……やなくてボクの見た『神の庭』での内容と、結木が見た内容がチガウみたいなんですけど、これって何か理由ってのか、そうゆうのあるんですか?」
銀雪先生は微かに苦笑し、答える。
「そうやねえ……、理由といいますか。そもそも『神の庭』で出会う神様……つまり我々がオモトノミコトとお呼びしている存在は、個々人でチガウ姿をしているんです」
意味がわからない、という顔をする少年たちへ、どう説明しようかと先生は、思案顔でティーカップを持ち上げ、紅茶を飲んだ。
「まず訊きましょか。二人はそれぞれ、『神の庭』でどんな状況、もしくはどんな相手と出会いましたか?」
一瞬顔をこわばらせたが、まずナンフウが静かに答えた。
「あの。オレの場合は。だだっ広い真っ白な地面の上に、ぼうっと立ってると……ちょっと離れたところに、スラッとした感じの綺麗な木が見えてくるんです。綺麗な木ィやなあって思いながら、ぼうっと見てると。声が聞こえてくるんです。『お前の望みは何だ?』って……」
「なるほど。それで、棕櫚くんはなんて答えたのん?」
うなずきながら問う銀雪先生へ、ナンフウは目を泳がせる。
「それが……覚えてへんのです。ナンか、すごく大事というか大それたというか、そんな願いを言うたような感触は残ってるんですけど……」
そうですか、と、銀雪先生は納得したようにうなずいた。
「棕櫚くんがその願いを思い出すのは、おそらくキミ自身が『おみず神事』でアチラへ行ってからになるでしょうね、そういう前例もなくはないそうですし。で……」
銀雪先生は次に碧生を見た。
「碧生くんは?」
碧生は答えようとしたが、咽喉に何かが詰まったような感じで、言葉がうまく出てこない。
「シンドイようなら、無理に言わんでもかまいませんよ?」
心配そうに眉を曇らせる先生へ、
「あ、いえ。大丈夫です」
と、彼は答える。額に汗がにじんでいて、無意識のうちにそれを右手でぬぐう。
これ、さっきサキモリさまの本来の役目を知った時にもやったな、と、心の隅で彼は思う。
『おもとの守』関連の話は、額に冷たい汗がにじむようなことばかりらしい。
「ボクの場合は。まず、白い、もやみたいなモンに覆われてる平原にポツンと立ってるんです。空は青空で……、雲ひとつない状態です」
うなずく銀雪先生へ、碧生は言葉を続ける。
「しばらくぼうっと、その場に居るんですけど。地平線の向こうから、ナニカが走ってくるんです……その、ものすごいスピードで」
理由はわからないが、なんだか呼吸が浅くなってきた。
碧生は再び、額の汗をぬぐう。
「それは、馬くらいありそうなでっかい白い鹿で……ボクのすぐそばまで来たらピタッと足を止めて。こない言うんです。『こんなところまで来て、お前は死ぬつもりか?』……って」
銀雪先生の顔が一瞬、こわばったが。
すぐに真顔へ帰り、彼女はうなずいた。
「なるほど。亡くなったウチの夫……先代ツカサの野崎省吾の夢に、近いですね」
ちなみにですけど、と、彼女は苦笑いまじりにこう言った。
「私は。幼児期といざないの直前の二回ほど、『神の庭』の夢を見ました。真っ白な大地に青い空、は、二人が見たものとほぼ同じやと思います。ただ、そこで出会ったのは綺麗な木でも白い鹿でもなく。黒いヴェルベットのワンピースを着た、長い黒髪を無造作にたらした、すさまじいまでの美少女です。感覚として、三メートルほど離れた正面に彼女は現れてこう言いました。『何しに来た? 我に頼めば願いが叶うと思うな。叶えたければ命を張れ』」
そして彼女はひとつ息を吐き、こう続けた。
「神事に参じ、おもとの守として初めてかの方とお会いした時。私は、私だけが捉えることが出来るオモトノミコトの名前を知りました。彼女は……、黄泉津姫。生と死を司る女神。少なくとも私には、そう捉えられる存在なのだと知りました……」




