8 おみず神事④
元々この家は書道教室だ。
サキモリたちが牢名主よろしく鎮座していた、重ねた座布団以外にも、同じサイズの座布団がたくさんある。
銀子と銀雪先生がさっさと連携して動き、隣室に座布団8個(縦に4個、横に2個並べた)と予備らしいタオルケットで簡易の寝床を作り、まずナンフウをそこへ寝かせた。
そしてその隣にもう一組、二人は同じように簡易の寝床を作ると、碧生にも横になるよう勧めた。
「あ、いえ。ボクは別に大丈夫ですから……」
碧生は当然、思いがけないその勧めを断ったが、ナンフウが遠慮して起き出してこないよう付き合ってやってくれと頼まれ、仕方なく横になる。
「二人ともそこで、しばらくじっとしときや」
銀雪先生はそう言うと、間仕切りのふすまを閉めてどこかへ行った。
「……スマンな、結木。ヘンなことに付き合わせて」
ばつが悪そうにナンフウは、光源は障子越しに入ってくる黄色い午後の陽射しだけ、という、薄暗い部屋で謝ってきた。
「いやかまへん、そんなん気にすんな」
一応そう答えたが、碧生自身も限界が近かったことくらい、彼も薄々自覚していた。
横になれて、正直ホッとしている部分がある。
しばらく二人は、上掛け代わりのタオルケットを腹部に載せた状態で仰向けになって黙っていた。
意図して黙っていたというよりも、お互い何を話していいのかわからなくて、結果として黙っていた。
「……なあ、結木」
不覚にもうとうとしかけた時、ナンフウが話しかけてきた。
「ん? んんん? 何や、どないしてん」
眠りかけていたのをごまかし、相手側へ首をひねって碧生は問う。
ナンフウは真面目な顔で天井を見つめていた。
「さっきの。銀雪先生が言うてはった『神の庭』の話やけど」
「……おう」
内心ぎくりとしたが、碧生はあえて、そっけなく返事した。
瞬間的に躊躇した後、ナンフウはこう言った。
「オレ。あの話に出てきた『神の庭』へ……行った記憶が、あるねん」
「なっ……」
碧生はガバッと身を起こした。
碧生の反応が思っていたより激しかったからか、ナンフウはビクッと肩を揺らせると
「マジやマジ、嘘と違う」
と、泣きそうな顔で言った。
「……わかってる」
ため息と一緒に碧生は答えた。
「オレも、そうやから」
「……は?」
ナンフウはぽかんと口を開けて間の抜けた声を出した。
目は真ん丸に見開かれている。
碧生は座り直し、顔をしかめて言う。
「行ったってのか。夢で見るねん、銀雪先生の言うてはった、白い大地と青い空の、この世やない場所。ガキの頃からちょいちょい。実は最近も見た」
「え?」
ナンフウに、驚愕、に近い表情をされ、碧生は少し違和感を覚えた。
「お前は……違うんか?」
「オレは、一回だけ……多分やけど」
一度大息を吐き、ナンフウはポツポツ語り始める。
「多分、オレが波多野棕櫚になる前。波多野の家へ来る前。オレは、そこ……『神の庭』らしいとこへ行って……すごく綺麗な、スラッとした木ィを見てるねん」
「木?」
思いがけないものが出てきて、碧生は問い直す。ナンフウはうなずく。
「ああ。なんかすごい、神々しい……ってのか。そんな木が、ちょっと離れたところにあって。オレはぼうっとそれを眺めてるねんけど。声が、聞こえてくるねん。『お前の望みは何だ?』って……」
「は?」
不可解そうな顔をする碧生へナンフウは、あやふやなというか、心配そうな顔をする。
「あ、いや、な。ヘンな話やで? ちっさい時に見た、夢とか妄想なんかもしれへん。せやけどな、『波多野棕櫚』以前の記憶として、これだけはしつこくしつこく、オレの頭の隅にこびりついてる感じで……」
妙にしょんぼりするナンフウへ、碧生はあわてて言う。
「あああ、別にそれが嘘とか間違いとか、そんな風に思ってるんやなくて。オレとは全然、状況がチガウなあって思たから……」
「状況が、チガウ?」
今度はナンフウが不可解そうな顔になる。
「ああ。オレの場合は、木ィとか出てけえへん」
そこで碧生は大きな息を何度か吐いた。
あの夢のことを口に出して話すのは、思った以上に抵抗感が強い。
「オレの……場合は。大きな……白い鹿が出てくるねん。真っ白な……薄青い冷たい目ェした、片角が折れてるでっかい鹿でな。お前の望みは何やとか、そんなお優しいこと、訊いてきたことあれへん。突き放した感じで……『こんなところまで来て、お前は死ぬつもりか』……それしか言われへん」
部屋の中が一瞬、しん、と静まり返った。
「なんか……お前の話の方が、怖いな」
ややあって、ナンフウはそう言った。
「ああ……怖い」
その一言が口から出た途端、碧生の涙腺が勝手に緩んだ。
「怖い……怖い……ずっと……怖かってん。ずっと……」
勝手にぽろぽろ落ちる涙を、碧生は袖口で乱暴にぬぐった。抑えようとしても抑えきれず、嗚咽が漏れる。
ギョッとしたようにナンフウが身を起こすが、碧生はもう泣き止めない。
頭の隅で、こんなに泣いて格好悪いなあと思いながらも、碧生はしばらく、幼稚園児のように泣きじゃくった。




