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クサのツカサ  作者: かわかみれい
1 守のツカサ〜中学生編
39/49

8 おみず神事③

「神事として行うことは、至ってシンプルです」


 静かな声で銀雪先生は続ける。


「十月のある日、日の出の頃に皆で泉の前へ行き、作法に従って泉の水をひとくち、飲む。それだけです」


「……えっと?」


 作法に従ってという部分が気になるが、要する『泉の水を飲む』、だけの神事、ということだろうか?


「あの」


 おそるおそる、碧生は問う。


「えっと。難しい作法はあるんでしょうけど。水を飲む、のが神事になるんですか?」


 銀雪先生は苦笑気味に答えた。


「はっきり言うのなら。究極の話をすると、作法も無くていいかもしれませんね。要するに『おもとの守』の資格があるとされる者が、泉の水を飲む、ことで神事は成立します」


 あの、と、ナンフウが口をはさむ。


「あの。例えば。ビラビラした白い紙のくっついた榊を振り回したりとか、なんかヤヤコシイ呪文唱えたりとか……、ホントにそういうの、一切無し、ですか?」


(お、おい! 言い方!)


 碧生はギョッとしながらナンフウを見る。

 が、ナンフウはごく真面目な顔をしていた。顔色は相変わらず良くない。


「そういうのは特に無いですね」


 さすがに銀雪先生も困ったように眉をしかめて答える。


「この神事を成立させるのは、神事に参加可能な者、つまり『おもとの守』の有資格者が『泉の水を飲むこと』のみ。同じことを、資格のない者がやってみても何も起こりません。泉の水は、基本はただの地下水、ただの湧水です。科学的に分析したこともあるそうですが、特に変わった分析結果は出なかったそうですよ。であるにもかかわらず、『おもとの守』として青蛙のミコトからのいざないを受けた者がこの水を飲むと、『神の庭』へ召喚されます……魂が」


「たましい?」


 あやふやな顔で碧生が問うと、銀雪先生は真顔でうべなう。


「魂、という表現が一番わかりやすいでしょうね」


 少し考えながら、銀雪先生はゆのみを持ち上げ、覗き込む。


「もちろん、それで本当に正しいのかどうかはわかりません。わかりませんが、今までの自分の経験上、それから他の人の話を総合しても、おそらくそうだろうと思われます。『おもとの守』のメンバーは、泉の水を飲むと瞬間的に呼吸が止まり、身体が硬直した状態で意識がなくなります。時間としてはせいぜい十数秒から、長くて一分程度ですが。その間、身体は現世にある状態で魂は現世から離れるのだと……考えられます」


 彼女はひとつ息を吐き、改めて、白くこわばった顔の少年たちを見た。


「召喚された先は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が広がっていて、()()()()()()()()()()()()に覆われています。そこを我々は便宜上、『神の庭』あるいは『生と死の狭間』と呼んでいます」


(……なん、やて!)


 碧生は驚愕に目を見開く。

 ひどく息苦しい。

 眩暈もしてきたのか、視界がぐらつく。


 延々と広がる白い大地。果てのない青い空。

 幼い頃から繰り返し見てきた、あの悪夢の舞台ではないか!



 グエホッ。

 そんな不穏な音と同時に、碧生の隣にいたナンフウが不意にくずおれ、畳の上に転がった。


「ナンフウくん!」

『おいナンフウ!』


 銀子の悲鳴のような声、同時にサキモリの兄彦(エヒコ)の声が響く。

 銀雪先生は素早く立ち上がってナンフウのそばへ寄り、背中をさする。


「ナンフウくん! 棕櫚くん!」


 銀雪先生の呼びかけに応えるように、ナンフウは横たわったまま小さくうなずいた。

 身体はがくがく痙攣していたし、顔も、きつく握りしめている手の甲も、不吉なまでに血の気がない。

 その白い手の甲を、いつの間にかそばまで来ていた乙彦が、そっとなめている。


 碧生は硬直したまま、ひたすらおろおろと彼らを見ていた。

 銀子はいつの間にかキッチンへ行って、濡れタオルと白湯を手に戻ってきた。


 しばらくして少し落ち着いたのか、ナンフウは、もぞもぞと身体を起こして座り直し、座卓に突っ伏した。

 やがて彼は渡された濡れタオルで顔をぬぐい、震える手で頃合いに冷めた白湯をすする。


「……スミマセン。もう、大丈夫です」


 そう言ってぎこちなく笑うが、ナンフウの顔色は相変わらずだ。乙彦が、にゃ、と、短く鳴いて、ナンフウの膝のあたりに顔をこすりつけている。

 しばらくぼんやり、それを見ていたナンフウは、何かに引かれるように乙彦を抱き上げ、胸の辺りで抱えてふわふわの毛皮に顔を寄せると、大きく息を吐いた。


「棕櫚くん。とりあえず隣の部屋で横になって休みますか?」


「あ、いえ……大丈夫です。話、続けてください」


 顔を上げてヤツはそう言うが、限界であろうことは素人目にもわかる顔色だ。


『大丈夫なことあるかい。乙彦(オト)がお前から離れへんっちゅうのは()()()()()()やで。休憩しろ、横になれ』


 兄彦が言う。

 えらそうな口調ではあったが、さすがに心配そうでもあった。

 銀雪先生はしばらく躊躇した後、銀子と目顔で何か伝え合うと、次に碧生の顔を見た。


「碧生くん。キミも顔色、()うないね。ちょっと休憩、はさみましょう」

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― 新着の感想 ―
私も乙彦に顔をこすりつけられたい( ˘ω˘ )
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