8 おみず神事②
お茶と一緒に軽めのお菓子を、一同は言葉少なくいただく。
サキモリたちには、小皿に少しだけ入れた牛乳と砕いた素焼きのあられを小指の先ほど、供された。
『銀雪おばちゃんのとこの牛乳、いつも美味しいね』
無邪気に乙彦が言うのへ、銀雪先生は苦笑気味に応える。
「そうですか? ありがとうございます。でもこれ以上はダメですよ、おなかを壊したら大変ですからね」
『わかってるよ、ボク、賢いもん』
胸を張る乙彦へ、
『ホントに賢いヤツは自分で賢いとか言わへんで』
と、ややあきれたように兄彦がツッコミを入れるが、乙彦はそ知らぬ顔で小皿をなめている。
そんなやり取りを碧生は、小さくて薄い、和三盆を使った上等の干菓子を、口の中でお茶で溶かすようにして食べながら見ていた。
頭の中ではまだ『明鏡止水』だの『四面楚歌』だのがチラチラしているが、これからされるであろう話に、だんだん緊張が高まってくる。
ふと横を見ると、ナンフウが難しい顔でゆのみをにらみ、固まっていた。
ヤツも緊張しているのだろう。
お菓子類が片付けられ、お茶が淹れ直され、皆それぞれ定位置についた。
サキモリたちの要望で座卓のそばに、積み上げられた座布団の一部が移され、彼らもそこへ鎮座した。
「それでは。小波における『マツリ』のあらましや流れ、『おもとの守』が年に一度行う『おみず神事』について、二人に話します」
背筋を伸ばし、こわばった顔でうなずく二人に、銀雪先生はやや気の毒そうに軽く苦笑したが、表情を消して真顔になった。
『ツカサ代』の彼女に意識が切り替わったらしい。
「小波では年一回、マツリが行われます。時期は秋、十月に行われるのが慣例になってます」
そこで一度言葉を切り、彼女は二人の少年を見た。
「古い時代から秋に、収穫を祝うお祭りがおこなわれていたそうですから、その頃からの慣例でしょうが、それだけではなく。土地の『気』の力のようなもの……夏の盛りにひたすら蓄えた力が落ち着き、充実するのが秋、だというのも関わっていそうですね。もっとも、その辺は我々人間が、こうだろうかと予想するしかない部分ですが。ただ、人間側も神様側も落ち着いて向き合えるのが秋……、だという感触ですね」
少し考えるように言葉を切り、彼女はお茶を一口、飲んだ。
「二人共、小波で生まれ育った子ォやからある程度は知ってると思いますけど。例年、小波神社の秋祭は十月の第四土曜日に宵宮、翌日の日曜日に本宮が行われます。その本宮のある日曜日の明け方、日の出の頃に。我々『おもとの守』は、野崎邸の敷地内にある泉の前へ行き、『おみず神事』と呼ばれている神事を行います」
『その時はボクらもそばに居るで』
乙彦が声を上げるのへ、兄彦も得意そうに言葉を添える。
『うん、そうやねん。神事の間に怪しのモノが近付かんよう、ボクらでみんなを守るからな。ボクらは『防人』、泉を守る者を守るんが、ボクらの一番大事なお役目やからな』
(……え? ひょっとしてサキモリって……あの。古代の、大宰府とかで外敵から国を守る役割の、あの『防人』からきてるんか!)
碧生はまじまじと、クリーム色に淡い茶色の縞模様の、ふわふわした猫たちの輝く緑の瞳を見た。
古典や日本史の教科書に出てきた、厳めしくも哀愁のあるこの言葉。若い二匹の猫のたたずまいとは相いれないが。
先日の宵、小波神社で危険なくらい怒り狂い、暴走しそうだった碧生の心を正気にとどめ、なだめたのは確かにこの二匹だった。
(……ややこしそうなモンを祓ってくれたんは多分、大楠さんやろうけど。あの時、最初にストップかけてくれたんは、サキモリの兄弟、やったよな)
碧生の中で二匹の印象が変わった。
漠然とこの二匹、青蛙のミコトの眷属を自称する『おもとの守』たちのマスコット……のような印象を持っていたが。
そんな簡単な存在ではなさそう、だ。
碧生は軽く息を吐いた。何故か額に汗がにじむ。
半ば無意識で彼は、右の掌で浮いた汗をぬぐっていた。
なるほど、彼らが『さま』呼びなのは伊達ではないのだと思い至る。
「過剰な心配はいりませんよ」
銀雪先生は言う。少し困ったように眉を寄せていた。
碧生(多分、ナンフウもだろう)が、『怪しのモノ』云々と聞いて顔色を変えたのを気遣ってくれたのだろう。
「泉の周りは一種の神域ですから、元々不浄なモノは入りにくくなってますし。その上にサキモリさまがガードしてくれますから、より安心です。ただ……」
銀雪先生は更に眉を寄せ、困ったようにお茶をすすった。
「神事そのものが完全に、安心安全とは言い切れんから。そこはやっぱり、覚悟がいります」
「どういう、ことですか?」
少しかすれた声でナンフウが問うと、銀雪先生は真顔のまま、ナンフウへ目を据えた。
「この神事は、自分の外へ向かって働きかけるというよりも。自分の内へ内へ深く降りてゆく、そういうタイプの神事なんです」
意味がよくわからない、という顔をする碧生と、みるみる顔色を悪くするナンフウ。
「自分が何者であるのかを、真っ直ぐ見つめる果てに。神とまみえ、話をすることが出来る。そういう神事になります」




