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クサのツカサ  作者: かわかみれい
1 守のツカサ〜中学生編
34/52

7 明鏡止水と四面楚歌③

 翌日・日曜日。

 午後十二時半頃、碧生は、『野崎銀雪書道教室』へと向かう。

 昨日の雨のおかげなのか、空気が気持ちよく澄んでいる。

 秋がまたひとつ、深まったらしい。


 書道の道具は持っている。

 今日は書道教室の銀雪先生ではなく、おもとの守のツカサ代である野崎雪枝さんから、おもとの守についてのもっと詳しい話を聞く予定ではあるが。

 親の手前、そして碧生自身の決意表明の為、書道の道具と昨日書いた『明鏡止水』を三枚、持ってきている。



 昨日、自室で夢中になって書いていた時は、とにかく楽しいというか高揚していた。

 筆がこんなに軽快に動いたことなど、過去になかったと言えるくらいに。

 しかし、ふと集中が切れ、己れが書いた作品たちを見てみると。

 何とも言えない違和感が兆した。


 悪くはない。

 いつもみたいな……、なんというか、どこか制限があるというのかいい子ちゃんぽいというのか、そんなにおいがするものとは違う、独特の雰囲気が字からにじんでいる。

 『中身のない顔だけアイドル』から、『セリフになんとか感情を乗せられる、初心者の役者』くらいにはなったかもしれない。


(顔だけアイドルよりは、印象に残りそうな字やけど……)


 でも何だろう、この違和感。

 碧生は顔をしかめ、しばらく自作を見ていた。

 悪くはない。でも……何かが違う。

 何が違うのか?

 靄の向こうに答えがあるような感じで、見えそうで見えない『何か』に碧生は軽く苛立つ。


(……とりあえず。一回、銀雪先生に見てもらおう)


 作品が完全に乾いた頃、碧生はそう決めて、自分の中で上手く書けたと思えるものを三枚、選んだ。



 野崎邸を囲む水路が見えてきた。


『ユーキ、ユーキ!』

『こら。まずはこんにちは、からやろ』


 声と同時に毛玉がふたつ、碧生の足許へ転がってきた。


(……おおう)


 サキモリたちだ。

 この前、彼らには泣き顔を見られたので、正直ちょっときまりが悪い。

 足許で行儀よく立ち止まった乙彦(オトヒコ)が、にゃ、と、嬉しそうに短く鳴いた。


『ユーキ、元気になったんやな。ボクら、ちょっと心配しててんで』

『そうや、だってフジョーになりかけ……ああ、いや、つまり。あん時、アブナイ状態やったからな』


 兄彦(エヒコ)は何かを言いかけ、慌てて当たり障りのない言葉へ変えた、ようだ。


(……フジョー?)


 碧生は内心首ををひねるが、当てはまる言葉が浮かばなかった。


「おう、にゃんこ兄弟に絡まれとるんか? 結木」


 曲がり角からナンフウが現れ、そんなことを言った。


『にゃんこ兄弟(ちゃ)う! ボクらはサキモリや!』


 憤然と苦情を言う兄彦を無造作に抱き上げ、あーわかったわかったと言いながらナンフウは、雑に見えるが優しい手つきで兄彦を撫ぜる。


『ボクもボクも! ボクも抱っこ!』


 へいへい、と面倒くさそうに答えると、ナンフウは乙彦も抱き上げた。


 ヤツは、初日に見た焦げ茶のカモフラの上下に深緑の厚手のロンTを合わせていた。

 コイツもコイツなりに、心が整理できたというのか覚悟が決まったというのか、そんな顔をしている。

 少なくとも、猫を抱き上げて微笑むくらいの余裕は出てきたのだろう。


 碧生が提げているトートバッグに書道の道具が入っているのを認めると、ナンフウは顔をしかめた。


「なんや。お前、書道の道具わざわざ持ってきたんか? ごくろーさんなこっちゃな」


 ごにょごにょ動く猫の兄弟を胸で押さえつけるように抱き、ややあきれたようにそう言うナンフウへ、碧生は、苦く笑って答える。


「……まあな」



 猫を抱いたままのナンフウと一緒に、碧生は銀雪先生の家へ向かう。

 失礼します、と玄関の扉を開け、声をかけると、奥から小さな足音が響いてきた。


「いらっしゃい」


 そう言って出迎えてくれたのは銀雪先生ではなかった。

 グレーのスウェット地の、首の周りと裾に赤で、蔦を思わせるアラベスク模様がさらっと刺繍されたチュニックに、黒のストレートのデニムパンツ。

 あの日の寄り合いで犀木銀子と名乗った娘さんだったのだが、碧生は一瞬、息を止めた。


(あの時の、お姉さん!)


 今日、彼女は長い髪をストンとそのままおろしている。

 カジュアルな服装と、おろした長い黒髪。

 薄れ始めている記憶の中の彼女と、目の前の彼女が完全に一致した!


「……おい。結木?」


 猫たちをおろし、靴を脱いで上がろうとしていたナンフウが、棒立ちで硬直している碧生へ、怪訝な顔を向ける。

 うふふ、と彼女は、いたずらが成功したような笑みを浮かべた。


「やっと思い出してくれたんやね、碧生くん。お久しぶり。私には、水路に落ちて泣いてた小さい頃の印象しかないけど……、大きなったねえ」


 碧生は絶句しているしかなかった。

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― 新着の感想 ―
これまでにないくらい筆が走るということは、雑念や迷いなどが吹っ切れたのかな?
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