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クサのツカサ  作者: かわかみれい
1 守のツカサ〜中学生編
31/33

6 おもとの守と、守のツカサⅡ④

 視線を感じたのか、ナンフウはこちらを向いた。

 昨日と変わらず彼の顔色は冴えないし、目に力もない。

 まあ、その辺りは碧生も同じようなものだろう。

 食欲がないから昨日からあまり食べられない(持参した弁当も、結局半分ちょっとしか食べられなかった)し、睡眠も不十分。

 おそらくナンフウも同じような状態なのだろう。

 視線が合い、ナンフウは驚いたように、ただでさえ大きな目を見張る。

 そして、いきなりつかつかと大股で閲覧室へ来ると、碧生へ


「おい。お前、何してんねん」


 と、ろくに挨拶もせず、にらみつけながら切り口上で言った。

 さすがに図書室という場所柄、ささやきに近い小声だったが、語気が鋭いのでそれなりに響く。

 何事かと、閲覧室にいた数人がこちらを向いた。


「ナンでオレの行く先々に、お前、()るねん!」


「……知るか」


 さすがにムッとし、碧生はにらみ返す。


「そう言うお前こそ、ウチの学校へ何しに来たんや!」


 碧生が本気で苛立っているのが伝わったのか、ナンフウは、気圧されたおどおどした表情になる。


「あ……、いや、な、その。ちょっと調べ物したいって、大楠先生に相談したんやけど。小波(ここいら)の古い時代についての資料が充実してるんは、連翹大付属(ウチ)や市立図書館より小波中やからって言われて……、小波中には先生も用があるから、ついでに連れてったるって言われて……その……」


 などともごもご言う。


「結木くん」


 大楠が来て、にっこりと笑む。人たらしな笑顔だ。


「ごめんな、結木くん。棕櫚くんも大概無作法やったけど、ここんところ彼、落ち着かんもんでちょっとイライラしててなあ。堪忍したってくれるかな?」


「あ……ああ、は…、い……」


 大人にとりなされてしまうと、碧生としてもそれ以上言いにくくなる。

 ナンフウもばつの悪そうな顔で、スマン、とつぶやいたので、碧生は矛を収めることにした。


 大楠は、昨日あれから体調はどうだったとか、お父さんお母さんは心配してなかったか、どうかよろしく言っておいてくれだとか、ひと通り社交辞令?を言った後、机の上に広げられた資料本に気付く。


「おお、結木くんも小波の古い時代のこと、調べてたん?」


 大楠は再びにっこりする。


「この辺りの郷土史をコツコツまとめてはる内田先生は、元々小波の出身で小波中の卒業生やねん。その関係でここの図書室には、内田先生から著書が寄贈されててねえ。私も前にここで、色々、調べさせてもらったんや」


 のんびりした口調で大楠は言う。


「エエ機会や、二人で一緒に小波の昔を調べてみぃな。面白いことがわかるかもしれへんで」



 そんな感じに大楠に丸め込まれ(たのだろう、多分)、気付いたら碧生は、小波関連の書籍を2冊、貸出手続きをして、彼らと図書室を出ていた。

 下校時刻まで自習室代わりに解放されている空き教室の一角に、碧生とナンフウは陣取った。

 大楠は、用があるからとどこかへ行ってしまう。


「……で。お前、わざわざ小波中まで何を調べに来たんや?」


 机の上には『小波村の歴史・言い伝えなど』と、『水への信仰~小波における龍神とは何か~』の、2冊の本がある。

 教室内には誰もいないが、開け放した扉や窓越しに、廊下を通る生徒がチラチラ、こちらを見てゆく。


 元々背の高いナンフウだ、おまけに連翹大附属の詰め襟の学生服を着ているし、エキゾチックな風貌のイケメン君でもある。

 はっきり言って、異彩を放つレベルで彼は目立っているが、周りの生徒からチラチラ見られることなど、そもそも気にするようなナンフウではない。


「……調べてわかるかどうかは、俺にも自信、ないんやけどな」


 ただ、本人は今、図書室での傲慢な態度とは打って変わった、しょんぼりというか元気のない様子だ。


「……あのな、結木」


 言い難そうにぼそぼそ、ため息を吐きつつ、彼は言う。


「その……ちょっと変なこと訊いて悪いんやけど。お前さあ、ちっさい頃のことって、幾つくらいから覚えてる?」


 前後の脈絡もなく、本当に変なことを訊かれた。それでも基本真面目な碧生は、軽く首を傾げた後、誠実に答えた。


「う?……うーん、そやなぁ。大体、3~4歳、くらいかなぁ? それくらいの頃に風邪かインフルに罹ってメッチャ熱出たこと、ひきつけ起こして大きい病院へ担ぎ込まれたこととかは、なんとなく覚えてるし」


「……やっぱり、そんなモンやよな」


 目に見えて肩を落とし、ナンフウは一瞬、辛そうに目を閉じた。


「オレ、そのくらいの時のこと、全然覚えてへんねん」


「いやでも、そーゆーのって、個人差あるんと(ちゃ)うか?」


 なんとなくなだめるように碧生は言う。

 ごく幼い頃の記憶がないからといって、そんなに落ち込むこともないではないかとしか、思えない。


「オレの記憶にある、一番(いっちゃん)古い思い出は。波多野の家の庭でぐうぐう寝てるオレを、親父(オトン)……いや。()()()()()()()()()()()()、時のことや」


「……は?」


 予想外の、ずいぶん不穏なワードを聞いたような気がしたが。

 碧生は一瞬、頭の中が白くなった。

 頭が理解を拒んだのかもしれない。

 ナンフウは不意に背筋を伸ばし、真顔で碧生の目を見て、言った。


「拾われた、んや、オレは。ちゃんとした生年月日は不明やけど、発育の状態から、拾われた時は六歳くらいやろうってことになったらしい。そこから先のことは、割とちゃんと覚えてる。波多野恵治っておっちゃんがオレの親父(オトン)やってことは、なんでか知らんけど心から納得してたんや、初めて顔合わせた頃から。もちろん血は繋がってへん、そんなことはわかってる。わかってるけど、あの人は、オレの親父やねん」


 そこでナンフウは言葉を切り、唇を嚙みしめた。


「……オレが、波多野棕櫚になる前のこと。あの家の子になる前のこと。全然、覚えてへんのは。多分、思い出したぁないからやろなって思ってた。思い出したぁないことは思い出さんでもエエって思ってたし、あの人もそんな感じのこと、()うてくれてた。あの家であの人と二人、仲()うワイワイ暮らせてたら、それでオレは……良かってん」


「……お、おう」


 思いもかけない重い話に、碧生は、そう相槌を打つのが精一杯だった。

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おおう……( ˘ω˘ )
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