6 おもとの守と、守のツカサⅡ③
翌朝、碧生はやや腫れぼったい顔で起き出した。
父も母も碧生の体調を気遣い、今日は学校を休んで医者へ行くよう、何度か勧めてきたが。
彼は、別に熱もないから学校へ行くと言い切った。
どうせ明日は土曜日で休みだから、と。
出された朝食をなんとか飲み込み、おにぎりに玉子焼き程度の軽めの弁当を持ち、碧生は登校した。
正直な話、学校へ行きたい気分ではなかったが、下手に休むと母に、かかりつけの医者へ連れていかれるだろう。
それも煩わしい。
医者へ行っても病名がつかないことなどわかりきっていたし、心配する母と家の中で顔をつき合わせているのも鬱陶しい。
それならば、学校へ行った方がまだましだ。
(……ついでに。図書室の郷土史コーナーへ行ってみよかな)
去年レポートを書いた時以来、足を向けていなかったが。
調べられるのならば調べてみよう、『小波村』『おもとの泉』『オモトノミコト』について。
レポート作成時には読み飛ばしてしまった、貴重な情報があるかもしれないし。
……無いかもしれない。
期待はしない。
碧生は普段から、学校でそうしゃべる方ではない。
それなりに仲のいいクラスメートなら3~4人いるし、問題なくクラスに溶け込んでもいる(多分)。
が、それ以上ではない。
だから碧生が今日、むっつり不機嫌そうだったとしても、クラスメートから軽い違和感は持たれたかもしれないが、どうしたんだとしつこく訊かれることもない。
ちょっと寂しい反面気楽で、やはり学校へ来て正解だと彼は思った。
長い一日のルーティンが終わり、彼は放課後、図書室へ行く。
資料本を3冊ほど引き出し、閲覧室の机の上へ置いて、座る。
去年、レポートのテーマを小波神社にしたのは、小学生の時に野崎の屋敷で聞いた昔話が頭に残っていたからだ。
ざっと調べてみると、うろ覚えだった内容とほぼ同じことがちゃんと書籍に書かれていて、面白いなと思った。
面白いなと思いながら書いたので、最初の想定より熱のこもったレポートになり……郷土史研究会・会長に就任などという面倒くさいことになったのだが。
(……文化祭以外に活動らしい活動せえへんし、どうせ名前だけの会長やし、まあエエかって思ってきたけど……)
自分の、そういういい加減な態度が今回の厄介を引き寄せたのかな、と、チラッと彼は思った。
コイツなら面倒な役職を押し付けても何とかなる、みたいな。
(……あー、そうでもないか。仮にそーゆー選ばれ方しても、周りの空気に逆らってキッパリ断りそうな、ナンフウみたいなヤツも今回選ばれてるんやし)
まあ、ヤツは前々からおもとの守に内定?してたっぽいから、別枠の可能性があるけど。
頭の隅でそんなことをぐるぐる考えながら、彼は資料本のページをめくる。
レポートを書いた時に目にした以上の、めざましい情報は思った通りない。
が、『小波神社 縁起』の現代語訳(本文は当然、変体仮名の混じった古文で書かれている)を真面目に読んでいるうち、引っ掛かる箇所があった。
縁起は例のごとく、旱魃を憂いた若者が龍神に祈り……というところから始まり、雷鳴と共に授かった龍神の娘が泉になった、これによって半永久的に村は水不足から解放され、それを感謝した村人たちによって神社が建てられて龍神(水神)・オモトノミコトを祀るようになった、とある。
しかしその続きに、こんな内容が書かれていた。
去年は、あまり重要ではなさそうだと読み飛ばしていた箇所だ。
『いよいよ神社が出来上がり、村人はみな喜んだ。
「弥栄、弥栄、ほういほい」「弥栄、弥栄、ほういほい」
龍神の娘である泉を囲み、人々は舞い踊った。
「弥栄、弥栄、ほういほい」「弥栄、弥栄、ほういほい」
ヒトに近きクサ、クサに近きヒト、未来永劫、泉を守ると誓う。
「弥栄、弥栄、ほういほい」「弥栄、弥栄、ほういほい」
かくしてオモトノミコトとおもとの泉は、小波村に鎮座なされた』
(……ヒトに近きクサ、クサに近きヒト……)
はっきり理由はわからなかったが、胸が騒ぐワードだ。
解説では、ここの部分は調子を調えるための意味のない言葉だろうと書かれていたが、何故か……そんな単純な言葉ではない、気がされてならない。
(未来永劫、泉を守る……)
つまり彼らが『おもとの守』、ということではないか?
そちらについては現段階、これ以上わからないが、縁起の中で繰り返し出てくる『弥栄、弥栄、ほういほい』は、今でも秋祭でだんじりを曳く時に使われる囃子言葉だ。
碧生も小学校低学年の頃、だんじりの上で叩かれる太鼓の音の合間に『弥栄、弥栄、ほういほい』と、皆で唱和しながらだんじりを曳いた。
最初は恥ずかしかったが、大人も子供も楽しそうに『弥栄、弥栄……』と叫んでいるのにつられ、町をひと回りする頃には碧生もニコニコしながら叫んでいた。
ただ、町をひと回りして神社へ戻った後。
碧生たち『余所者』の子は、参加賞的にお菓子はもらったけれど、『地元の人』たちは自分の子供を連れて社務所の前に集まり、彼らにしかわからない話をしながらお茶やらジュースやらを飲んでいた。
お茶やジュースが羨ましいというよりも、『余所者』の子は除け者にされているような気がして、ぼんやり哀しかったことが記憶の隅に残っている。
(ひょっとしたらあの場に、ナンフウは居ったんかもしれんな、今にして思えば)
十年近く経ってその『地元の人』の子供と意外な関りが出来るなど、思いもよらなかった。
(……んんん?)
図書室の扉がガタガタ動き、焦げ茶のスーツを着た巨漢と紺の詰襟を着た背の高い少年が入ってきた。
「こんにちは、失礼します。先ほど連絡しました、フリースクール『寺子屋・くすのき』の大楠と申します」
入り口近くのカウンターにいる司書の先生へ話しかけているのは、大楠だ!
(え? ナンフウと、大楠さん? ウチの学校へ何しに来たんや?)




