5 おもとの守と、守のツカサ⑤
碧生は黙って銀雪先生の顔を見た。
かすかに彼女は表情を揺らしたが、ため息とともにこう言った。
「キミに関しては。我々もまったくの想定外やってん」
信じられるか、と反射的に碧生は思ったが、黙って彼女の次の言葉を待った。
「さっきも言うたと思うけど。先代ツカサのウチの夫が亡くなって二十数年、青蛙のミコトがツカサ候補を見出しはることはなかったんや。ツカサ……正式には『おもとの守のツカサ』って言うんやけど。要するに、おもとの守の中で群を抜いた能力を持つ、守のトップを務める人のことを指す言葉っていうか、概念……、やね。おもとの守になる適性のある者自体、そう多い訳やないねんから、その中で更に突出するような人、そうそうおるもんやないってのは、わかってもらえるかな?」
そこで一度言葉を止め、彼女は思い出したように目の前のお茶を飲んだ。
「実際の話、古い記録にあたっても、ツカサ不在の時期がポツポツあったらしい記述は残ってます。せやけど二十年以上不在の時代は、記録を見る限り、無いのん」
彼女はひとつ、大きく息を吐いた。
「泉そのものもここ近年、力が弱なってきてるし、泉と一緒に『おもとの守』って組織は消えてゆくさだめなんやろうと、我々も覚悟してました。棕櫚くんがギリギリ加わるくらいで……泉の最期を看取る為に、我々はおるんやろうと思ってたんです」
彼女の瞳に影が差した。
「そんな状態やから。こう言うたらナンやけど、ミコトが今、ツカサの若葉を見出しはるやなんて、ホンマにホンマ、青天の霹靂でした」
「……銀雪先生」
碧生は胸にわだかまるあれこれのうち、一番に言葉になったものをぶつけた。
「オレ……ボク、が。『ツカサの若葉』とかいう、ナンか、どエラいモンに選ばれたんは。ホンマに『青蛙のミコト』が、守のヒトらと相談?……相談って言葉が正しいんか知りませんけど、相談みたいなん一切なしに、ナチュラルに選んだんですか?」
「ナチュラルに選びはりましたよ」
ごく真面目に、真顔のまま銀雪先生は言った。
「そもそも神様サイドのことは、我々にはわかりませんからね」
詭弁にしか思えず、碧生はムッとする。
「せやけどナンフウ……波多野君は。いざない受けるって、みなさん予めわかってはったんでしょ?」
「彼には特殊な事情があるんです」
銀雪先生は顔色ひとつ変えず、答えた。
「その事情が何かは、今は言えません。……彼の根幹に関わってくる問題やからね、彼自身が答えを出さなアカンの。その答えがわかったら、少なくとも彼は、いざない受けるんが必然やったって、心の底から納得できるはずですから」
銀雪先生の表情が、ふと揺らぐ。
「でも碧生くんは、彼とは事情が違います。さっきの言い方で言うなら、キミはホンマに、ナチュラルに選ばれたんやから。碧生くんにしてみたら理不尽に巻き込まれたとしか思われへんやろうから、申し訳ないと思いますけど。これについては、我々にはどうすることも出来へんねん」
「……銀雪先生」
妙に大人しく黙っていたナンフウが、妙に静かに呼びかける。
「さっきから、ちょっと気になってるんですけど」
「何?」
小首をかしげる銀雪先生へ、ナンフウは問う。
「オレや結木が、青蛙のミコトから呼び出し食らったのん、グーゼンかヒツゼンかは一回、横に置いといたとして」
相変わらず、ミコトからのいざないを不良に因縁をつけられたかのような表現をする彼へ、大人たちの顔は曇る。が、そんなことを気にするようなナンフウではない。淡々と続ける。
「そもそも『おもとの守』の能力って、なんですのん? 特定のカエルやカラスの言葉がわかるとか、メルヘンな能力……ってだけやないですよね?」
「『おもとの守』の能力は、泉の水を媒介……つまり、仲立ちってことやけど。泉の水を媒介して、小波の氏神ともいえるオモトノミコトに近付き、意思の疎通が出来る能力を指します」
意味がわからない、という顔をする少年たちへ、銀雪先生はふっと苦く笑った。
「わからなくて当然ですよ、詳しい、具体的な方法やらなんやらはまた改めて説明しますけど。我々が『神の庭』って呼んでる、生死や夢現のはざまにある場所……場所って言葉が正しいかどうかはなんとも言えませんけど、そこでオモトノミコトとお会いし、話が出来る能力が『おもとの守』になる必要最低条件になります。ミコトが見出し、ミコトの声が聞き取れた段階で、その条件は満たしてると見做されます」
さらに困惑している二人に、銀雪先生は続ける。
「ただ。勘違いしてもらったら困ることになるから、予め言うておきますけど。これは、一般的によく聞く『神おろし』っていうのか、シャーマニズム的な能力っていうよりも。どれだけ誠実に自分と向き合えるかっていう、そういう、地味やけど人間的な部分が大事になってくる能力なんです。神を見ようとするこちらを、神も見てます。神様相手に欺瞞は通用せえへんから、むき出しの自分と対峙するようなもんなん。むき出しの自分を自分が受け入れるんは、想像以上にキツいからね……特に棕櫚くん」
急に名を呼ばれ、ナンフウはぎくりと肩を揺らした。
「自分のすべてを、逃げずに受け入れられますか? その覚悟が出来へん内は、キミは、泉から逃げ続けた方がエエかもしれへん」




