5 おもとの守と、守のツカサ④
「茶番?」
軽く首をかしげる銀雪先生へ、
「だって、そーでしょーが」
と、ナンフウは雑な口調で言う。恵月先生が小声で、こら、と窘めたがナンフウは無視をしている。
「親父と松英さんが『おもとの守』なんは、まあわかります、この辺の古い血筋の出やし。せやけど、最近通い始めた書道教室の先生が実はツカサ代やった、大楠先生やセツレイさんまで『おもとの守』やったなんて、なんぼ何でも出来過ぎですやん」
言うとナンフウは、自分の前にあるゆのみをつかみ、呷るように茶を飲んだ。
「百歩譲って大楠先生までは、まあアリかなとは思いますよ。オレが小学生の頃、不登校ぎみになってフリースクールの世話になったんは、誰にも予測の出来へんことやろうし。大楠先生が『おもとの守』なんも、もともと神社の神主やってるくらいやから、そーゆー、感性?才能?、あるんやろうし。ここまでは偶然、かもしれへん。狭い町やし」
不意にナンフウは、ギロッと碧生をにらんだ。
「せやけど。銀雪先生がツカサ代や、とか。その銀雪先生の書道教室で知り合うたセツレイさんが『おもとの守』で、ウチの中学の学校事務として勤めてる、とか。今回、銀雪先生のところの特別枠出品者の結木が、実はツカサの若葉や、とか。そんなん、もう偶然な訳あるかい。なんで『おもとの守』関係のニンゲンが、ことごとくオレの知り合いやねん。アンタら全員で、オレを嵌めたとしか思われへ……」
「……おい」
碧生は意識するよりも早く、ナンフウを制していた。
我ながら恐ろしい、低い声が出た。
「訂正しろ」
静かな室内に、碧生の声が通る。
さほど大きな声でもないのに、鋭く鞭を打ち下ろしたような迫力があった。
ナンフウは気を呑まれたように黙る。
「他の人らは知らん、なんでお前と知り合いなんか。せやけどオレはこの状況、地元民のお前より多分、わからへんねん。ある日突然カエルから、ツカサだーの若葉だーの訳ワカランこと言われて。なんや訳ワカランうちに訳ワカランあれこれに、関わらんならんよーになって。はっきり言うてオレ、メッチャ迷惑してんねん」
ひとつ大きく息を吐き、碧生は、目の前にあるゆのみをつかんでお茶を飲んだ。頃合いに冷めた緑茶は上品な甘みがあって美味しかったが、そこが妙に癇に障る。
「お前。自分だけがなんかエラい被害受けてるみたいにゆーてるけど。オレに言わせたらな、被害者なんは嵌められたんは、むしろ、コッチや! 」
パアーン!
鋭い音が響き、さすがに碧生も黙る。
音の方を向くと、表情のない真顔の銀雪先生が、胸の前あたりで両手を合わせ、静かに座っていた。
「君らの言いたいこと、私もわからんことないよ」
ややあって、銀雪先生はごく静かにそう言った。
「せやけど一回、落ち着いてくれるかな、二人共」
銀雪先生はそこで一度言葉を切り、目の前のゆのみから一口、お茶を飲んだ。言葉は穏やかだったが、不思議な圧がある。
長く『ツカサ代』を務めてきた者の貫禄、というものなのかもしれない。
まだまだ言い足りない気持ちではあったが、碧生はその圧に負け、うつむき黙る。
やがて彼女は再び口を開いた。
「特にナンフウくん……いや。棕櫚くんの疑問、当然やと思います。その辺の疑問、誤解を恐れずに言うたら、一部は君の予測で合うてます、確かに」
ハッと顔を上げる少年たちへ、銀雪先生は真顔のまま言葉を続ける。
「今年かどうかはわからへんけど。棕櫚くんが、青蛙のミコトのいざないを受けるであろうことは、我々にとって予測のできることでした。一般的にミコトのいざないがあるんは、男が数えで十五、女が数えで十三って伝えられてますし、今までも八割がた、そうでした。だから棕櫚くんが今年、いざないを受ける可能性は高いって予測を、我々はしてました。いざないを受ける前にこの辺のこと、棕櫚くんに説明した方がエエんやないかとも話し合ったんやけど。今のままの棕櫚くんには、何も知らせん方がかえってエエんやないかと結論したんです。今年いざないがあるかどうかも微妙、という判断もありましたからね。それでも、近年中にいざないはあるやろうと。その時には我々が、出来るだけ近くでサポートできるようにしよう、という行動方針決めて、実行してましたから」
「……ナンで、オレがいざない受けるって、わかってたんです?」
ナンフウの当然の問いに、
「それはキミが、波多野の家の棕櫚やからや」
と、銀雪先生はしれっと答える。ナンフウは思い切り顔をしかめた。
「……なんですかソレ。おちょくってます? 答えになってませんやん」
「それ以上、私には言われへん。せやけど、その意味がわかれへん今のキミに問題があるってだけは、伝えておこうか」
「……今の、オレに、問題?」
茫然と問うナンフウ。顔色は目に見えて悪くなる。
銀雪先生は軽くうなずいた。
「そう。今のキミは、肝心なことを忘れてるからね。そこのところを思い出せん、あるいは思い出すんを無意識に拒んでる状態の今、いざないがあるかどうか微妙ではあったんや。……さて」
銀雪先生は碧生の方を向いた。
相変わらず、感情の読めない真顔だ。
「次は碧生くんについてやけど……」




