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クサのツカサ  作者: かわかみれい
1 守のツカサ〜中学生編
24/27

5 おもとの守と、守のツカサ②

 木戸をくぐった途端、空気が変わる。

 思わず彼は深呼吸した。

 水と木々と……、苔と土の香り。林間学校での早朝の空気を連想……否。

 それよりも格段に、清浄な空気。


(……ここって、こんな感じやったっけ?)


 小学生の時、学校の方から教師に引率され、クラスメート全員でここへお邪魔したことがある。

 例の、古い農機具類の見学会だ。

 その時も、ここの家の庭って遠足の時に山道でかいだにおいに似ているなと、ぼんやり思った。

 が、こんな……呼吸するだけで全身が洗われるような、神々しいまでの清らかさは感じなかった。


(……マツリの季節、やから?)


 あるいは自分が『ツカサの若葉』だからか?

 子猫を抱えて前を歩く松英さんの背中を見ながら、碧生は思う。

 彼にとってこの澄んだ清らかさが日常なのかと思うと、ちょっと怖い。


『なあ、ツカサの若葉』


 いつの間にか碧生の足許すれすれに、おにいちゃんと呼ばれていた『サキモリさま』が、寄り添うように歩いていた。


『まだちゃんと聞いてへんかったよなあ。名前、なんてゆーの?』


「あ、その。結木、です」


 フルネームを名乗ろうとして、自分でもよくわからない歯止めが自分の中でかかり、名字を名乗るのにとどめた。


『ふーん。ボクはサキモリの、兄彦(エヒコ)。弟は乙彦(オトヒコ)。まあ呼び名やけどな。お役目としての呼び名は『サキモリ』とか『ノサキモリ』やけど、野崎のおばちゃんはボク等のこと、えっくん、とか、おとちゃん、とかって呼ぶんやで。おもとの守のメンバーは、お役目以外ではボク等のこと、そう呼んでくれてかまへんからな』


 特別な恩寵を与えるように猫……サキモリの兄彦(エヒコ)は言った。

 実際、恩寵なのだろう。

 さっき松英さんは彼らを『サキモリさま』と呼んでいた。『お役目』寄りの事態だと判断しての呼びかけだったに違いない。


『ユーキ』


 兄彦はふと立ち止まり、その澄んだ緑の瞳を真っ直ぐ、碧生へ向けた。


『ユーキは、青蛙のミコトがツカサに相応しいって認めた素質があるねんで。だからって舐めてたら痛い目に合うやろうけど、ビビる必要はないからな。これからツカサ代、つまり今の代のツカサの代行者ってことやけど、ツカサ代の話をよう聞いて、神事済ませて、正式にツカサになってくれ。ボク等、期待して待ってるからな』


 どう答えていいのかわからず、碧生は、情けない苦笑を返すのが精一杯だった。



 やがて見えてきた瓦葺きの立派な日本家屋の、広い引き戸を松英さんは開ける。


「どうぞ。みんなもうそろってますよ、恵月先生とナンフウくんも来てはるし」


 ナンフウの名前を出すことで碧生の緊張を和らげようと、松英さんは気遣ってくれたのだろう。

 目元を緩ませ、そう言って促す。


「……お邪魔します」


 軽く頭を下げてそう言い、碧生は屋敷の中へ足を踏み入れた。



 広い玄関の三和土で靴を脱ぎ、つま先を玄関に向けて揃え、端に寄せる。確かそう習ったが、作法としてこれでいいのかは心許ない。

 勧められた高そうなスリッパへ、おっかなびっくり足を入れる。

 そして松英さんについて廊下を進む。

 ゆったりとして広い廊下は美しい。が、漠然と思っていたよりも屋敷内は明るかった。

 古い日本家屋にありがちな、陰鬱なくらがりが少ない。

 少なくとも廊下や、開け放たれた畳の部屋には日の光が差し込んでいる。明り取り用に、上手く窓などを設えているのだろう。

 やがて、ひとつの部屋へと碧生は案内された。

 大きめの座卓が部屋の中央にあり、その端っこに、恵月先生と、紺の詰襟の学生服姿のナンフウがいた。

 むうっとした不機嫌そうな顔ではあったが、大人しく座って、出されたお茶を所在なさげに飲んでいる。


(……コイツ。連翹(れんぎょう)大付属中、やったんか)


 松英さんに勧められ、波多野親子のそばに座りながら碧生は思う。

 紺の詰襟の学生服はこの近所にある中堅私大の付属中学の制服だ。

 道理で小波中で見かけないはずだ、と碧生は納得する。

 そして、意外と勉強できるんやなコイツ、と、ナンフウが聞いたら怒りそうなことも思う。

 連翹大は関西の私大としては中堅だろうが、附属中学から入学しようと思えばソコソコ難しいレベルの学校だ。


(やっぱりお坊ちゃまやんけ)


 なんとなく腹が立つ。


 複数の足音がして、スッ、と、廊下側の襖が開いた。


「そろったみたいやし、そろそろ始めましょか」


(……え?)


 廊下に立っていたのは渋い赤の着物をキリッと着こなした、銀雪先生、だった。

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― 新着の感想 ―
知らないうちに中心に立たされて。 逃げる事も隠れる事も出来ない立場で、これからどうなるのか… 凄く面白く読ませていただいています。 なろうに書道の物語はあまり?ほとんど?ないですよね。 とても興味深…
先生!?
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