4 青蛙のいざないⅡ④
「……オトン」
奇妙なほど静かにナンフウは、自分の父親へ呼びかける。
まるで、他人に呼びかけるようなよそよそしさのある口調だ。
「『おもとの守』。それって、『おもとの守』って役割のことなんか?」
「……そうや。なったからには神さんの方から見放されん限り、一生『そう』であり続ける、この町に古くから住む者からひそかに確実に敬われる、名誉ある役割や。まあ……ある意味、業みたいな役割と言えるかもしれんけどな」
親父さんの方も表情を改め、静かにそう言った。
「アレ……自治会活動、やないのんか? オレがちっさい頃、『おもとの守』って何? って訊いた時にオトン、そう言うとったやん」
ナンフウの問いに、親父さんは苦い笑いを浮かべる。
「そうとでも言わんとしゃーないやろうが。そう簡単に、それもちっさい子供に説明できることやないねんから。一応、普段は野崎さんらと泉の周りの掃除とかもするし、そういう意味では自治会活動のひとつっちゅうのも完全なウソやないしな ……結木くん」
状況がわからず、絶句してぼんやりしている碧生へ、親父さんはやや悲しそうに眉を寄せて呼びかけた。
「キミは、小波……つまりはこの町で、生まれ育ったんかな?」
碧生はからからに乾いたのどを潤すため、ほぼ無意識でマグカップに三分の一程度残っていたミルクコーヒーを飲み干し、言った。
「は…い。ウチの両親は結婚後、ここへ越してきたって聞いてます。父の勤め先がこの町へ移転することになって、それを機に。ちょうど結婚する時期でもあったんで、ここで新生活を始めようって話になったって、聞いてます」
親父さんはうなずいた。
「なるほどな。それやったら資格は十分ある。キミは、小波という土地に育まれた若葉なんや。能力というか波長というか、そういうのが合ったら青蛙のミコトに選ばれるやろう。それにしても……」
親父さんの表情にふっと、ほんのかすかではあったが、畏れ……のような表情がかすめたのに、碧生は軽い違和感を持った。
「ツカサの若葉、とはな。ここ十数年、確かにモリの若葉は現れへんかったけど。ツカサの若葉はそれ以上に出てこやんかったんや。今の我々の代では、銀雪先生の若くして亡くなった旦那さんがツカサやったんを最後に、ツカサと呼ばれるだけのお人は出てきてないんや」
もう、数十年経つなあ。
遠い目になって彼は言った。
「……あの」
碧生は再び無意識でマグカップを取り上げ、ミルクコーヒーを飲もうとして……もうすでに空になっているのに気付き、所在なくテーブルへ戻した。
「その。何もかもがよーワカランのですけど……」
混乱の中、それでも碧生の頭の中はフル回転している。
「よーワカランなりに、聞いた話をまとめてみますけど。……つまり。ボクは、っていうか、ボクと波多野くんは。龍神様の娘さんであるおもとの泉に、モリとかツカサとか、そういう役割をするように選ばれた……ってことですか?」
『おもとの泉』の縁起については小学校の低学年の時、地域の昔話のひとつとして聞かされた記憶がある。
うろ覚えだが、こんな内容だった。
日照り続きの夏のある日、村の若者のひとりが水を下さいと龍神様に願い出た。その願いに応じ、龍神様より落雷と同時にもたらされたのが龍神様の娘。その龍神様の娘が、今も野崎邸の庭にある『おもとの泉』になった。
この奇跡の泉を守るため、この町に住む者の中から『おもとの守』と呼ばれる役が選ばれるという話も、そういえば、チラッと付け足すように聞かされた。
農機具の見学会の時、当時の野崎家の当主だったお爺さんがそんな話をしていた記憶が、碧生にはうっすらある。
テレビのアニメーションでやるような昔話が、自分の住む町にもあるというのが面白くて、なんとなく印象に残っているのだ。
そう、よくある昔話だ。
泉そのものがその時代、何かのきっかけ(たとえば本当に、すごく大きな落雷があったのかもしれない)で急に湧き、そういう言い伝えになったのだろう……とでもいう『よくある昔話』だと。
しかし。
「……昔話、やないんですね?」
碧生の問いに、親父さんは真顔でうなずく。
「そういうことやな。ワシも一応『おもとの守』の末席を汚す者でね。お前さんらと同様、数えで十五……つまりは満年齢で十四の秋に、青蛙のミコトに呼ばれたんや。『モリの若葉、来よ。マツリの季節じゃ」って」
「……嫌や」
今まで妙に大人しく黙っていたナンフウが、うめくようにそう言う。
「嫌や、ナンでそんな訳ワカラン相手の訳ワカラン役目に選ばれやなアカンねん。オレはそんな役やりたないし、やらせてくださいって神様に頼んだ覚えもない!」




