4 青蛙のいざないⅡ③
既知の事柄とばかりに親父さんは、さらっとそう言った。
思いがけない展開に絶句する碧生の隣で、ナンフウがひっくり返った声で叫ぶ。
「おおお、オトン! 」
「ナンやお前、おっきな声、出して」
軽く顔をしかめてそうたしなめる父親へ、ナンフウは意味もなく立ち上がり、怒りの混じったような声で続ける。
「あああ、あお、青蛙のミコトってナンやねん! あの妖怪にはそんな大層な名前があるのんか? そ、そもそもオトン、ナンであの妖怪のこと知ってるねん!」
「こら落ち着かんかい。順々に話をするから、まずは静かに聞け」
少し強めに叱られ、ナンフウは、むうっと押し黙って再び座った。
「それにお前。妖怪ってナンやねん、失礼にもほどがあるで。青蛙のミコトは小波の鎮守の神さん・オモトノミコトの、まあ言うたら娘さんというかお嬢さんに当たる、おもとの泉の化身や。妖怪とか何とか、罰当たりなことを言うな」
(……鎮守の神さん? オモトノミコト? 泉の化身?)
次々にわからない話というか単語が出てきて、碧生としては、混乱というか途方に暮れるしかない。
ナンフウは、碧生よりは多少事情がわかっている雰囲気だったが、やはり途方に暮れたような顔をしていた。
ふっと、親父さんは微かに苦く笑った。
「まあ、こんなことをいっぺんに言われても訳ワカランわな。本来ならワシやなくて、こういう説明をすべき立場のお人がいてはるからそのお人に任せるべきやねんけど、お前さんらも大概、小波に住んどる青蛙のミコトの眷属らに振り回されとるみたいやし。かいつまんで説明しよか」
親父さんは背筋を伸ばし、マグカップに残っていた冷めたコーヒーを飲み干した後、ゆっくり話し始めた。
昔々。
この辺りに村が開けて間もない頃だと伝えられているから、十四世紀から十五世紀の頃。
旱魃が起こり、近隣の村と水争いの果て、殺し合いに発展しそうなまで追い詰められたことがあったそうだ。
それを憂いた一人の若者が命懸けで、村に水を与えてくれと龍神に掛け合い、その結果もたらされたのが今現在も野崎邸の敷地にある『おもとの泉』なのだそう。
「……この辺のことは、この地域の子供らは学校やらでちょっとは習うはずや。どや、聞いたことないかな、キミ……あれ?」
親父さんはふと、我に返ったような顔をした。
「そう言うたらキミの名前、ちゃんと聞いてなかったなァ。ごめん、キミ……ナニくんや?」
言われて初めて碧生は、自分が名乗っていなかったことを思い出した。
訊かれなかったから言いそびれたのが半分以上だが、名も名乗らず飲み食いしたのはさすがに無作法だったと、彼は焦る。
「あ、ボクこそすみません、自分の名前も言わんと。ボクは、結木碧生といいます」
名乗って頭を下げると、おお、と親父さんは目を見張った。
「そうか、キミが結木くん? いやいやいや、銀雪先生から話は聞いてるで。十年に一人クラスの逸材で、絶世の美少年かと思うような端正な楷書を得意としてる……」
(ぜ、絶世の美少年?)
すごいたとえに碧生は目を見張り、固まる。
「オトン!」
やや苛立ったようにナンフウは口をはさむ。
「肝心の話はズレまくってるし、ソッチの話は盛り過ぎや。ナニが絶世の美少年じゃ、銀雪先生は『シュッとした男前』としかゆーてへんで」
「おんなじようなモンやろ、ワシにはそう聞こえたで。お前、この間ワシの前で銀雪先生が、彼のこと褒めまくってたモンやからかなりへそ曲げとったけど。マサカお前、結木くんにシツレーな態度、取ってなかったやろうな?」
親父さんはそろっと、窺うように碧生の顔を見た。引きつった苦笑いをするしかない碧生の表情に、何かを覚ったらしい。
「……そうか。いやすまんかったな、ウチのバカ息子が……」
「あ、いえ。別にそれはもう……」
「オトン!」
ナンフウははっきりと苛立った声で叫ぶ。
「ソッチの話は、今はカンケ―ないやろ! 妖怪やない妖怪じみた神さんの話、先にしてくれ!」
さすがに少々ばつが悪そうな顔をし、親父さんは話を戻した。
「あー、その。そんなような伝説っちゅうか縁起は、日本全国にあるやろうな。弘法大師さんが祈って湧いた泉とか、親孝行な息子の思いが通じて滝の水が酒になる養老の滝の伝説とか。『おもとの泉』の縁起も、そういうののひとつやろう。せやけど『おもとの泉』に関して言うんなら、結構リアルに『そう』やねん」
「リアルに、『そう』?」
親父さんの言葉をぼんやり繰り返す碧生へ、親父さんは真顔でうなずいた。
「村の若者の一人が龍神に掛け合って、村に泉をもたらした。どう掛け合った結果、龍神の娘さんがその若者と一緒に村へ来てくれて、泉が湧いたのかまでは詳細に伝わってないけどな。実際、泉が湧いて以来、小波が水不足に悩まされることはほぼなくなったそうやし……」
親父さんは何を思ったのか、ふっと、苦く笑んだ。
「泉を通じて神さんに会いに行ける、この奇跡の泉の守り人は……小波という村というか町に、延々と現れてくるのもリアルに『そう』なんや」
……キミらみたいに、な。
親父さんはそう言い、複雑に顔をゆがめた。




