14 リーダーのソロ。Ⅱ 佐伯 香穂視点①
頑なにひとりで描きたがっていた杉山くんが、ようやく手伝いを受け入れてくれた。
言質を取ったとばかりに、ニカ、と笑ってゆかりちゃんが、さっそく動き出す。
彼女は手早く空色の塗料にササッと何かを足して調整し、そこへ刷毛を浸した。
あまりの素早い一連の行動にポカンとした後、杉山くんは慌て始めた。
「ちょちょ、志木! お前は何するつもり……」
「あー、私はせっかちかもしれんなあ」
言いつつ、
「そーやねえ、とりあえず。空のベタ塗りくらいから……」
「ま、待て待て待て! 勝手にベタ塗りとかやめてくれ!」
本気で怯えた顔で叫ぶ杉山くんへ、ゆかりちゃんは涼しい顔で答える。
「まーまーまー。これでもワタクシ、ちょっとは描けますのよォ? 杉山画伯のお邪魔にはなりませんわ~」
「ヘンな口調やめろ、おちょくっとんか! それに杉山画伯とか、完全に馬鹿にし……ヒッ」
空色が、目にも鮮やかに画面へ加わる。
さっさ、と気まぐれのように刷毛を動かす彼女。
「……」
その場にいた皆、言葉を失った。
不思議なことに、急に画に日の光が差し込んだ、ような気がした、空色ひとつ加わっただけなのに。
それも春の日の、どこか白っぽい光のきらめく空が。
「うーん、完全とまではいかんけどぉ。春の午後ってこんな感じやろか? どう?」
問うゆかりちゃんへ、
「……ど…どうもこうも」
杉山くんは引きつった笑いを浮かべる。
「どっちにしてもやり直しは利かん……あ、いや、でも……」
はあ、と大きくため息を吐いた後、真顔になってゆかりちゃんを見た。
「くっそ文句つけられへんやんけ。……その感じで頼むワ。畜生、コイツ天才かよ……」
「りょーかーい!」
ニカ、と再び、彼女は笑った。
香穂の頭に、この前のやり取りが思い浮かぶ。
『アイツがリスペクトしてるヤツ、おらんのか?』
上谷くんの問いに答えた彼女。
『強いて言うたら、ワタシ』
(ホンマにその通りなんや……)
感心している香穂の後ろで、
「……なるほどなあ」
というつぶやきが聞こえた。
結木くんだ。
振り向いた香穂と目が合うと、彼は少し困ったような顔で苦笑いする。
「こりゃあ、いよいよ気合い入れんと、杉山、俺にちゃんとライト当ててくれんかもしれんな……ガンバリマス」
その日以降、ゆかりちゃんと一緒に香穂は、午前中はクラスの練習、午後からは背景画の手伝いとサポートに入る。
上谷くんは変わらずに午前中、杉山くんのサポートに入ってくれているので、午後は女子二人が交代する形になる。
交代後、彼には休憩してもらうつもりだったのだが、結局、視聴覚室でソロの自主練をしている結木くんのサポートに入っている。
「……ゲイジュツカって人種は、水も休憩もガン無視で頑張るんが美徳やとでも思とるんか? メンドくさい連中やで」
げっそりした顔で上谷くんはボヤく。
いつもの結木くんではなく、いわゆる『草仁』モード全開の彼は、杉山くんに勝るとも劣らない『完璧主義者』なのだそう。
今やアカペラで『さくら』をフルで歌えるようになったと聞き、香穂もゆかりも驚いた。
「もういっそさあ。全部アイツに任せて、アカペラで『さくら(独唱)』、やってもろた方がエエかもしれんデ、杉山の背景画の前に立って……」
なんだか疲れたような顔で、上谷くんはそう言った。
ゆかりちゃんと杉山くんは、口喧嘩しながらもいい感じに背景画を仕上げてゆく。
お前は荒っぽすぎる、アンタは細かすぎる、と言い合うこともちょいちょいあるが、お互いがお互いの実力を認め合っているからか、大きくもめることはなかった。
わいわい言い合っている二人の間で香穂は、少なくなった塗料を足したり、時には休憩を勧めたりという、地味なサポート活動を続ける。
もちろん、杉山くんがしっかりとした下絵を描いていたから、だが。
二人で彩色を始めて、作業速度が飛躍的に上がった。
そして学校がお盆休みに入る直前の、八月十一日。
ついに背景画の彩色が済んだ。
二人は、共に厳しい試合を戦ったアスリートのようにハイタッチをし、香穂にもハイタッチを促す。
目を白黒させながら香穂は、パチンパチンとゆかりと杉山へ、てのひらをぶつけた。
「……ありがとう」
ちょっとだけうるんだ目を隠すように素早くうつむき、杉山くんは言った。
「いやいや、お礼はコッチや、メッチャいい背景画が出来たやん! クラスのみんな、絶対ビックリするで!」
一年生も入学式、思い出すんやない?
ゆかりちゃんの言葉に、香穂もうなずく。
「視聴覚室で自主練してる男子にも、見てもらお」




