13 リーダーのソロ。 佐伯 香穂視点②
床一面に広がった背景画は、三分の一ほど彩色が済んでいた。
加賀先生はいなくて、杉山くんひとりがその場にいたのだが……。
「ちょ、ちょっと杉山! どーしたん?」
響くゆかりちゃんの声に、積み上げた机の陰でうずくまっていた杉山くんがのろのろと顔を上げた。
「あ? 別に何でもないデ。ちょっと休憩してるだけ……」
もごもごそんなことを言っている彼を、半ば無視するように結木くんが、
「悪い、額触るデ」
と早口で言い、大股で近付くとあっという間に杉山くんの額に手を当てた。
「ちょっと熱いな。顔も赤いし、熱中症かもしれんぞ」
慌てたように上谷くんが、ポリ袋に入れて持ってきたスポーツドリンクの蓋を、ねじって開ける。
「おい。お前まず、水分とれや」
ややぶっきらぼうに差し出されたそれを、瞬間的に躊躇したものの、杉山くんは、
「スマン、もらう」
と言って飲んだ。余程のどが渇いていたのだろう、500㎖のペットボトルから、一気に半分近く彼は飲んだ。
「……はあぁ。冷たいから美味いワ」
思わずという感じにつぶやく杉山くんのそばにしゃがみ、ゆかりちゃんが
「……ってか。いつから水分、とってへんのん? もしかして、お昼も食べてへんのやない?」
杉山くんはぼそぼそと
「あー、一応これでも水分はちょこちょこ、とってたんやけどな。1.5ℓの水とかも持ち込んでるし」
指差す方向には、三分の一ほど残った1.5ℓのミネラルウォーターのペットボトルが無造作に置かれ、500㎖のスポーツドリンクの空ボトルが2~3、転がっていた。
「せやけど結構ノッて集中してたから……うん、その、昼飯は食ってへん……」
と、彼は小さい声で言う。
「んもー! 熱中症になるに決まってるやん!」
叱られ、小さくなってる彼の肩を、結木くんは無言でかつぐ。
「な、なんやねん」
慌てる杉山くんへ
「保健室、行くで」
と、有無を言わせない感じで結木くんは言い、ゆっくり立ち上がった。
よろめきながら、そこまでしなくてもとでも言いたそうに目をむく彼へ、結木くんは冷静な声で言う。
「あのな。熱中症甘く見んな。お前、今、ちょっと頭痛いんやろ?」
そんな顔や、と言われ、杉山くんは黙った。
図星だったらしい。
杉山くんを保健室に連れて行った後、職員室で仕事をしていた加賀先生にも知らせた。
幸い、少し休めば回復する程度だろうということだったが……。
「今まで、アイツがそうしィたいって言うてたのもあって、任せっきりにしてきたけど……」
HRへ戻りながら、結木くんは暗い顔で言う。
「アイツがどない言おうが、これからは誰かがサポートしやんとまずいな。今日はたまたま何とかなったけど、まだまだ後一ヶ月は絶対暑いやろうし。独りで作業とか、最悪の場合は命に関わるやん……」
まさか、と思う反面、冗談では済まない事態だということはカルテットのメンバー全員が噛みしめていた。
「夏休みが明けたら、今度はタテカンとかポスターの作製もやらんとアカンしな。まあ、その辺は結木も一緒やけど」
ゆかりちゃんが言うと、結木くんは困ったようにちょっと苦笑いした後、真顔になった。
「なあ志木さん。アイツがまあまあ、受け入れそうなサポート要員、予想できる?」
「……どうやろ? あの手の完璧主義者のサポート出来そうな子、ちょっと思いつかんなあ」
ため息まじりにゆかりちゃんは言う。
「アイツがリスペクトしてるヤツ、おらんのか?」
上谷くんの問いに、
「強いて言うたら、ワタシ」
と、ややきまり悪そうにゆかりちゃんは言う。
「美術の実技での評価、一応、一番やし」
「むう。舞台監督をそうそう現場から外されへんしな」
「……実際に手伝い、は出来んでも」
考えつつ、香穂は言う。
「そばでサポートする方法はあるかなぁって、思わんこともないけど。加賀先生も、実際に色とか塗ってた訳やないやろうし」
「……それやったら」
上谷くんが言った。
「基本、俺がアイツのサポートに入るワ。この四人の中で、比較的手ェ空いてるのん、俺やし」
「え?」
驚いて足を止めたのはゆかりちゃん。つられて皆、足を止める。
目をまんまるに見開いている彼女へ、上谷くんは怪訝そうに
「あ? そんなにビックリするか?」
と問う。ゆかりちゃんはやや言い難そうに
「あー、せやけど。マモさん、杉山のこと……嫌いやん?」
「ああ、嫌いやな」
あっさり彼はそう言うが、ニヤッと笑った。
「好き嫌いと仕事は、別やろが」
不意に、バシンといういい音が響く。上谷くんはよろめき、軽く咳き込んだ。
一瞬、何が起こったのかわからなかったが、結木くんがニヤニヤしてるのに皆、気付く。
どうやら結木くんが、上谷くんの背中を思い切り叩いたらしい。
「カッコええこと言うやんけ、上谷。俺が女やったら惚れてるワ」
「……惚れンな。気色悪いワ」
悪態をついたが、上谷くんはちょっと顔が赤かった。




