13 リーダーのソロ。上谷護視点①
桜の枝作りの時間が大幅に減ったのもあり、歌とパフォーマンスの練習の時間が増えた。
余裕があって大変よろしい、と、護は小学校の先生のような気分で思う。
いやもう、実際、モチベがまちまちの集団をまとめるってのは、小学校低学年の指導に似てるんじゃないかと、護は最近、思う。
クラスの皆のやる気はまちまちだ。
それはもう、当然というか仕方あるまい。
が、志木ゆかりの、熱血に見えない割に熱血な、意外なリーダーシップに皆いつの間にか引っ張られ、徐々にまとまり始めている。
特に、杉山の意外な一面を(半分は偶然ながら)彼女が引き出し、ヤツのバケモノじみたやる気とこだわりが炸裂した『桜並木の背景画』を見て以来。
クラスの皆のテンションは、ぐんと上がった。
誰が見ても『ウチの学校の、四月の桜並木の風景』だとわかる写実性。模造紙に鉛筆で下描き、の段階で、十分そうだとわかるレベル。
誰があの男に、こんな熱と能力があったと予想しただろうか?
(……俺。杉山以上に志木のこと、知ってるつもりでナンにも知らんかったんやなあ……)
今日も、気合いの薄そうな口調なのに的確な短い言葉で、皆に指示を出す彼女を見ながら護は、ふと、寂しいような虚しいような気持ちになる。
中学生になる直前、親同士の仲がいいというつながりで知った彼女。
大人っぽいというかちょっと冷めたような空気をまとった、よく見ると綺麗な顔立ちの少女だった。
護の母が呼ぶのをまねて、マモくん、と最初の頃、彼女に呼ばれたのが妙に気に障り、馴れ馴れしいと怒ると、以来彼女は護のことを、マモさんと呼ぶようになった。
なんとなくくすぐったいが、彼女にそう呼ばれるのは特別感があって悪くなかった。
彼女が中学生離れした画力を持っていること、小さい頃から絵が好きで絵ばかり描いている女の子だったと知ったのは、知り合ってかなり経ち、高校生になる直前。
実際に紙に鉛筆を走らせる彼女を見たのは、高校生になり、偶然同じクラスになって以降だ。
古典的な名作文学を読んでいる佐伯のそばで、何かをスケッチしているゆかりの横顔は、ハッとするほど真剣で綺麗、だった……。
彼女に対しずっとあったもやもやとした気持ちの正体に、護も気付かなかった訳ではない。
だけどそれは、彼女の視線が自分へ向いていないと自覚することでもある。
護には、彼女に視線を向けさせる、自信がない。
唯一彼女に勝っていた『成績』すら、推薦と一般の二度、志望校に落ちたことで誇れなくなった。
だから思いを秘めたまま、『幼馴染みのマモさん』の立場で足踏みすると彼は決めた。
うすうす、彼女自身そして彼女や護に近い者には、気付かれているっぽいのもわかっているが。
認めない限りは灰色、だ。
へっ、卑怯者と言わば言え!
「ウチのクラスの『さくら』、エエ感じやけど。冒頭でもっとこう、ガツンとカマせたら、ググっとシマりそうな気ィするねん。ちょっと試してみたいことがあるので~、まず男子。集まってくださ〜い」
もごもご考え事をしている護の前で、ゆかりは今日の予定を進めている。
男子のソロ、アカペラで、最初の一センテンスを歌ってみてほしい。
唐突な舞監の要求。
それもアカペラ? と皆、ざわっとしたが、結木が
「まあ、やるだけ一応やってみよーやん」
と静かに言ったので黙った。
なんとなくヤツは今、フィクサーとか黒幕とか呼びたくなるような妙な貫禄があるので、逆らいにくい。
出席番号順に、男子は次々と歌う。護も歌った。
今までそれなりに練習してきているので、みんな悪くはない。
悪くはないが、それ以上でもない。
メモを取りながら聴いている、舞台監督の顔も渋い。
結木の番が来た。
出席番号は、ヤツが男子ではラストになる。
空気を読むとか忖度するとかの意識が薄いヤツは、『真面目に一生懸命』腹から声を出した。
意外な声量の澄んだ声が、音楽室に響く!
「……え?」
「なんやこれ。森山直太朗か?」
「マジかよ!」
ざわめく場。舞台監督すらも目をむいていた。
結木だけは、皆のリアクションの意味がよくわかっていない、きょとんとした顔をしていた。
「ちょ……結木。そんなに声、出る人やったん?」
普段は静かにしゃべってるのに、というゆかりの言葉に、結木は首をかしげた。
「えーと。ソロ、なんやろ? 想定として。ほんなら、しゃべってる時より合唱の時より、声、出さんとアカンやん……」
不意に、だっはっはとでもいう感じにゆかりは笑った。
「おっしゃる通り! いやもう、最高! サスガはウチのリーダー! 今まで聴いてきた中で一番、ってか、想定以上の迫力やん!」
笑いを収め、ゆかりは真面目な顔をしていった。
「では結木碧生さん。舞台監督としてお願いします。冒頭とラスト、ソロで歌ってください」
「えーと。はあその、頑張ります」
まあどっちにしても、歌わなアカンしな。
結木は後で、気合の入らない口調でそんなことをつぶやいていた。




