12 キーボードはメロディを奏でる 佐伯 香穂視点③
「杉山~、どんな感じ……って、うわ。なにこれ、デッカ!」
視聴覚室へ一歩入った瞬間、思わずゆかりが叫ぶ。
視聴覚室の奥、舞台になっている部分一面に、白い模造紙が広がっていた。
うるさいな、と言いたげに杉山くんは振り向いた。
「ナンや、執行委員。デッカイのん、当たり前やん。背景画やで」
「……いやでも。キミ、体育館の舞台、端から端まで埋め尽くす感じで描くつもりやのん?」
ゆかりちゃんの言葉に、杉山くんは真顔になる。
「……やっぱり予算オーバーになるか?」
さすがは去年の執行委員長、そういう部分の理解が早い。
「画材代は予算内で出せる分でかまへんデ。アシ出た分くらい、自費で賄う……」
「それはアカンって」
思わず香穂が言うと、彼は驚いたように香穂の方へ目をやった。
「そうや。下手したら……持ち出しの方が多くならへん?」
ゆかりの言葉に、杉山が詰まる。
「まあ……可能性、あるかな」
せやけど、と、彼はうつむく。
「こう描きたい、のは俺のわがままやし。しゃーない……」
「待って待って、ペンキのちっこい缶一個、とかで済まん量になりそうやん、持ち出し。執行委員長とか加賀先生とかと、一回、相談や!」
ゆかりの声に、
「いや、そこまでせんでもエエって。持ち出しってか持ち込みは、結木もやってるやん。アイツ、どっからか知らんけど大量の木の枝、調達しよったやんけ」
杉山は言う。
「アレは、結木くんの知り合いのヒトの家で、庭木の手入れの時に出た廃材らしいから。お金って意味ではゼロやで?」
香穂が言うと杉山は瞬間的に黙り、ふっと、あきらめたように笑った。
「……そっか。アイツには敵わんな」
「杉山」
腕組みしたゆかりが、真顔で言い出した。
「ウチのクラスが視聴覚室、空いてる限り使わせてもらえるようになった理由、知ってるよね?」
何故その話がここで、と言いたげに、
「……ああ。結木が、全校執行委員長の無茶振り聞くかわりに使わせてもらえるよう、交渉したんやろ?」
つまらなそうな顔の杉山へ、ゆかりは続けた。
「つまり結木は、労働力を提供する代わりに視聴覚室使えるよう、運営に交渉した訳やん。おんなじように杉山も、運営サイドに労働力を提供したらアシの出る分のペンキ代くらい、何とかなる可能性があるデ、まあ絶対とは言わんけどナ。だから、まずは執行委員長の結木や先生と相談して、話、まとめよう」
ゆかりはニヤッと笑い、こう言った。
「杉山がソコソコ絵ェ描けるヒトなんは知ってたけど。ここまで情熱、持ってるとは思てなかったワ。その情熱、タテカンやポスターの作成に使うって言うたら。総長も目の色変えるンと違う?」
思いがけないことを言われ、目を丸くしている杉山へ、ゆかりはこうも言った。
「私は今回クラス活動の方が忙しいから、美術部に振られてる仕事、手ェ回りそうもないし。そこを杉山がカバーしてくれたら助かるってのも、実はある。……ど?」
杉山は迷うように目を泳がせたが、香穂とゆかりが、真面目に自分のことを気にかけていると覚ったらしい。
なんとなく照れくさいような、困ったような感じに顔をゆがめた後、
「わかった。執行委員……志木と佐伯に任せるワ」
と言った。
決してスムーズに話が進んだわけではなかったが。
杉山の描こうとしている『背景画』のレベルの高さ、あるいは彼の執念ともいえるエネルギーに、まず担任の加賀先生が心を動かし、味方についた。
杉山が、プレゼンとして描いたポスターのラフ案を見て、総長をはじめとした運営の生徒たちの心も動く。
『タテカン用のペンキが余れば、クラスで使う背景画に使ってもいい』
やや灰色だが、そういう形で『労働報酬』が決まる。
「あとはみんなが納得するようなエエの、作ってな」
大和総長の言葉に、杉山は少し緊張しながら諾った。
……ただ。
(杉山くんが歌の練習に参加する時間、いよいよなくなってしもたんやけど)
香穂は思ったが。
本人はサバサバと、歌やなくてライティングで参加する、と言っている。
ライティングは元々、加賀先生にお願いするつもりだったのだが……。
「まあ……その辺は。ちょっと私に考えがあるねん。後半の演出を変えて、杉山にはピンスポットの担当をお願いしよかって思てるし」
敏腕舞台監督さんは、楽しそうにそう言った。




