142 追われる勇者パーティー
森の中を逃げ惑う五人の男女がいた。
男が一人、女が四人の冒険者パーティーである。
高価な武具を手に、艶やかな装備を纏う五人は、ダンジョンに入塔して暫くは自信に満ちていた。
いずれは、大陸全土へと自分らの名を轟かすことを疑いもしなかった。
けれども、今、五人の顔には焦りと恐怖が入り混じり、只管に走っていた。
「く、くそ! な、何でこんなことに!」
「そ、そっちは階層扉のある方向じゃない!」
「そんなことは分かっている! 階層扉の方向からもスケルトンが来ているんだ!!」
先頭を走る男とその後に続く女は、口調がきつい。怒りを抑えきれないほどである。
五人は魔物の多さに耐えきれず、もと来た道を辿ろうと必死であった。
だが、思った通りにはいかない。
頭では分かってはいるのだが、敵を避けながら移動している内に森の奥へ奥へと進み続けていた。
スケルトンの歩行速度が遅いこともあって、何とか、引き離すことに成功したものの、五人とも足に疲れがたまり、木に寄りかかって項垂れている。
「はあ。はあ。はあ。ノイアー様ぁ。どうか、大火魔術で魔物ごと森を焼き払ってください。そうすれば、階層扉の近くへ戻れると思いますぅ」
「コレットの言う通りだ! 早くしないと、全員、魔物の餌食になってしまう!! あなただって、階層扉の近辺が一番安全だってわかっているはずだ!!」
二人は走り続けていたこともあって、喉の渇きから若干声が掠れている。
ノイアーと呼ばれた、白銀に赤いラインが入った鎧の出で立ちのこの男。
以前、エスティル達がパーティーメンバー探しをしていた際に絡んできた『煉獄の剣』のリーダー、ノイアー・ベルカシームその人であった。
自分は英雄、勇者となり、大陸全土にその名を轟かせると豪語していた男である。
そして、彼に堂々と意見していたのは、パーティーの副リーダーを務める女剣士で、名をクレールという。
彼女はノイアーの魔力量や魔術の才能に感銘を受け、将来の英雄となり得る人材であると確信し、騎士団を辞してまで、このパーティーに加入したという経緯がある。騎士団に席を置いていたこともあり、王国への忠誠心が非常に高い彼女は、物事を真っ直ぐに捉え、自分が正しいと思ったことはきちんと指摘してくる。そのため、仲間内では少し煩わしくも思われていた。
他の三人も、見目麗しいというだけでなく、能力はそれぞれに高いものを持っている。
彼女らは、英雄、勇者という言葉に惹かれ、ノイアーに口説かれてメンバー入りしていた。
このノイアーという人物、大言壮語を口にしていれば、いずれはその通りになるのだと信じているような類の輩であり、中身は意外と小さな男であった。今も、クレールから明確に指摘をされても、プライドが邪魔して素直に行動に移すことが出来ないでいるのだ。
彼の心情はというと、他の三人からお願いをされれば火魔術を放ってもいいと思っていたのであった。
意固地になっていた彼の耳にも、また骨が擦れる耳障りな音が聞こえてきた。
スケルトンが大挙して押し寄せてきたのである。
「く、くそ。仕方ない! 少し癪だが、くらえっ、ファイアーーーストーム!!!」
彼の火魔術は豪語するだけあって、凄まじいものであった。
無詠唱でおこなった火魔術は、炎の濁流を創り出し一定の方向へと真っ直ぐに進み、魔物を飲み込んで、森を容赦なく焼いていった。
「な、何度見ても、す、凄いです」
「感心している暇なんてないよ。コレット」
「流石は、ノイアー様」
「ブノワトも!」
「どうだーーー! 見たか、これが勇者となる男の力だ!! 」
「「 は、はい! 」」
彼女らが感嘆するのも無理は無かった。
ノイアーの火魔術は、宮廷魔術士並みのレベルであったのである。
放った本人でさえも、酔う程の出来栄えであった。
「スケルトン如きが、この俺を追い詰めようなんて、舐めた真似をしやがって、そんなことが出来る訳がないだろうがーーーーー!」
ノイアーは、これまでの鬱憤を晴らすかのように叫んだ。
「ノイアー様、この後はどうするのですかぁ?」
「あ゛っ?! クレール! どうすんだよ!!」
ブノワトに問われてもノイアーは答えられない。
彼自身、先の事は特に考えてないのだ。
常にクレール頼みなのである。
辺りに煙が立ち込める中、クレールが大声で怒鳴る。
「ダンジョンの中であろうと、この火勢なら風が起こるはず! 風を見て移動を開始する! みんな、ノヴァのレベルを上げて!」
「「 はいっ 」」
「「 わかった 」」
「私が風を見て決めるから、ノイアーは先頭で道を切り開いくれ! ブノワトとコレットは水魔術で行き先を冷やせ! 後方はキーンが守ってくれ!!」
クレールがそう叫ぶと、みんな、連携をとり、彼女の指示する方へと走り出す。
「バカヤロー! 行く手に火が廻ってきたぞ! 何見てやがんだ!」
「後方から、スケルトンが追いついて来たぞ!」
ノイアーの言葉に合わせるようにキーンが叫んだ。
「囲まれてしまうじゃないの!」
ブノワトがクレールを見る。
(な、なぜ!? これ、火の廻り方が余りにも不自然だ……敵に火魔術を操作できる者がいるのか!?)
クレールはブノワトには目もくれず、ノイアーに向かって叫んだ。
「ノイアー、目の前の火を操作して移動させてくれ!」
彼女は思わず口にしたものの、ノイアーが起こしたこれだけの業火を操れる魔物が存在する等とは思ってはいない。
だけれども、それはさておき、すぐさまノイアーに頼んだ。
もうこの局面では、彼に操作して貰わないと、どうしようもできないのである。
「ふざけるな!! 俺にそんな真似が出来る訳がないだろが!」
その一言に、四人驚きはしたものの、ある意味納得もしてしまった。
ノイアーは才能に恵まれたこともあってか、まともな魔術の教育を受けてはいない。
薄々感づいてはいたが、彼は第一段階と言われる操作能力を飛ばして、第三段階である創成能力を見に付けてしまったに違いない。
「クレール! 何とかしろ! 炎が迫ってきてるぞ!!」
「スケルトンも来てるわ!」
逃げ回った挙句、敵数を減らそうと火魔術をつかったところ、その火を利用されてしまったのである。
ここで、さらに目の前の業火を向けられでもしたら……ノヴァにも限界がある。
突っ切ろうとしても、長くはもたない……。
それならば、後方の敵を叩くしかない。
「こうなったら、後ろのスケルトンを叩くしかない!」
意を決したクレールの言葉に、後方にいるキーンからは返事がない。
剣を握るキーンの両腕に汗がつたっていく。
「あ、あれは違う。…さっきまでのスケルトンと違…うわ。もしかして、ウォーリアースケルトン………」
彼女の推測は当たっていた。
ウォーリアースケルトンは、通常のスケルトンと違い、肩と腰回りが大きく、ノタノタした歩き方ではなく、機敏な動きが出来、攻撃に特化したスケルトンであり、今、まさに、その目の前のウォーリアースケルトンが、赤い目を強く光らせ、ゆっくりと、その足で詰め寄ってきたのである。
ま、まずい…。
ここで、ウォーリアースケルトンとは。
それも、数が多い。
クレールは奥歯を噛みしめた。
ノイアーは魔術を融合した『魔剣術』を得意としているため、遠距離攻撃や大型の魔物となれば力を発揮するが、対人戦に近い戦闘は不得手なのである。彼の剣術はというと、見様見真似の我流であって、魔剣術特有の大振りが多く、攻守の切り替えが遅いのだ。
先程までのスケルトンであれば、大振りでも数多く、纏めて倒せはしたが、ウォーリアースケルトンとなると話は別である。動きが速くなるため、これまでのようにはいかない。
因みにクレールも騎士団に在籍していたことから、王国の主流であるエーベル流を取得しており、大振りがやや多い剣術である。
コレットはその場でしゃがみ込んでしまった。
どうやら、クレールと同じことが頭に浮かんだらしい。
目に見えるだけでも、敵は40~50体はいる。
「うわああああっ」
「きゃああああっ」
ノイアーとブノワトが叫んだ。
「おい、クレール! こっちは炎の勢いが凄いぞ!」
真上にあった枝葉が、炎に巻かれて幾つも落ちてくる。
火の粉が飛び散る中で、クレールは剣を構えつつ考えていた。
敵もこの業火を直ぐには、こちらへ向けてこられないのかもしれないが、こっちもそんなに猶予はない。
ウォーリアースケルトンで足止めしておいて、次の一手は必ず、この業火を向けてくる。
いくらノヴァでも、これ以上の熱さと煙には耐えられない。
「抜剣しろ! 戦う!」
クレールの声を合図としたのか、逆にウォーリアースケルトンが斬り込んできた。
いずれも、身のこなしが軽い。
「来るぞっ!!」
意表をつかれたものの、クレールとキーンの二人は迷わず前に出た。
けれども、二人を追い越していく影が。
「なめるなぁーーー!!」
激情したノイアーが、後ろから一気に前に出てきたのである。
「勇者がスケルトン如きにやられる訳がないだろうがーーーーっ!!!」
「一人で前に出過ぎだ!!」
クレールが呼び戻そうと大声を出すも、気にも留めず進んで行く。
ノイアーは目の前に現れるウォーリアースケルトンを破壊しようとするも、大振りのために敵を倒せない。
闇雲に火魔術を放ちだしている。
一人、深入りさせる訳にもいかないため、やむなく、クレール達も追いかける。
敵を退け、全員が何とか追い着いた時、ノイアーは既に深手を負わされていた。
「敵は引き受ける。今のうちに回復薬を飲めっ」
「ウォーリアースケルトン相手に、回復薬なんか飲めるかっーーーー」
「何を馬鹿なことを! ああっ、止めろーーーー!」
クレールは目を疑った。
ノイアーは回復薬を飲むどころか、怒りにまかせてファイアストームを再び放ったのである。
これで、敵を倒して脱出を試みようとしていた目の前の道が、炎によってさらに狭まってしまった。
しかも、ウォーリアースケルトンは正面にいた一体しか倒せていない。
周囲は、ほぼ炎に囲まれ、燃えていない場所にはスケルトンとウォーリアースケルトンが待ち受けている。
脱出がより困難となったのである。
全員、用意してきた使い捨ての魔杖は既に全部使い果たしており、魔力も少なく魔術が使えない。
それ以前に、もう、魔術を放てる集中力も、精神力も無くなっていた。
ノイアーも、今の一撃で魔力が切れてしまったのか、静かになっている。
クレールはキーンを見る。すると、彼女は笑ってくれた。
彼女は、このパーティーではクレールに次ぐ、剣の腕前である。
もう、手立てがない。次の一手は、一か八かの玉砕覚悟の突撃となることを分かってくれたらしい。
クレールは敵がいるにも拘わらず、視線を手元に移していた。
無意識であった。
彼女が覚悟を決めた時である。
どこからか高笑いが聞こえてきたのである。
スケルトンらが通りをつくるように一斉に脇へと下がりだす。
間をおいて、奥から外套を纏ったスケルトンが、ゆっくりと歩いてきた。
「ス、スケルトンの王?」
「王などではない」
「スケルトンが喋った?!」
キーンの息は荒い。
「……リッチ?」
クレールの一言に、ブノワトとコレットが引きつった。
「フフフフッ。バカ者共目が。ここに足を踏み入れた時点で、お前達の命運は尽きていたのだ。実力も伴わないくせに足を踏み入れおって……諦めて、ここで死者となり、永遠に我が下僕となるがいい」
「リッチだなんて……本当にそんなものが存在するなんて…」
「……敵う……筈がない」
クレールとキーンは剣を握る手から、徐々にと力が抜けていく。
二人の剣先は自然と下がっていく。
突撃して、潔く死んでも、目の前にいるスケルトンのようにされると思った途端、何も考えられなくなってしまったのだ。
全身の力が抜けていく。
二人が、ともに膝から崩れ落ちようとしたその時であった。
ゴゴゴゴゴゴゴッーーーーー
辺りの景色が一遍していく。
燃え盛る業火が、一瞬にして全て消え失せたのである。
驚いたのは『煉獄の剣』のメンバーだけではない。
「な、何だと!!!」
自分が出来なかった業火の操作が、いとも簡単になされた上、消失してしまったのである。
言葉を話すスケルトンは異変に気付くと、配下のスケルトンを廻りに集め、身を隠そうとした時である
疾風の如く現れて、ウォーリアースケルトンをものともせずに、次々と破壊していく剣士をクレールは目にした。




