143 好き放題(1)
風が変わる。
剣士に次いで、光の矢が流星のように弧を描き、スケルトンを打ち倒していく。
さらには、鯨波の声が轟き渡ると、後方から雪崩を打って大勢が押し寄せてくる音が響いてきた。
「助かった…の」
クレールの意識は朧気であった。
いや、少しの間、飛んでいたのかも知れない。
彼女はまだ状況を把握出来てはいない。
虚ろな彼女の記憶にあるのは、疾風の如くに現れて、ウォーリアースケルトンを次々と破壊していく剣士の姿である。
「大丈夫かい」
「!!」
銀髪の男の優しい言葉で、クレールは我に返った。そこで、初めて自分が強く抱きしめられていることに気付く。
戦闘中でありながらも、彼女の意識は飛んでいたのだ。
他の四人には、マーレらが駆けつけて手当てをしている。
形成は一遍していた。
ガルツの指示のもと、周辺にいたスケルトンは冒険者達に一層されていく。
『ゼロオアシス』も、積極的に前に出て先頭に参加していた。あたかも、戦場のような光景であったが、戦況は冒険者達が圧倒している。
階層を考えれば圧倒できるレベルの魔物ではないのだが、強力な援護射撃と無双する剣士の姿が彼らの追い風となっていたのだ。
多くのスケルトンを次々と打倒していくも、思っていた以上にスケルトンの数は多い。
マーレ達の廻りにも、敵が集まりだす。
『煉獄の剣』を狙っているのだ。
スケルトンは囲み終わると、じりじりと距離を詰めてくる。
骨と骨があたる音は、耳障りなものである。
少しづつ、マーレらにも焦りが生じてきていた。
だが、この状況にあって、心沸き立つ者もいた。
イシュルミットである。
彼女は、仲間が叫ぶ、鬨の声に押されて、体中が疼いていたのであった。
我慢の限界にきた彼女は、咄嗟にマーレをスコットらに任せると、喜び勇み、積極的に周囲のスケルトンを狩り出し始めた。
彼女には戦闘狂の一面があったのである。
二剣が唸りをあげる。
「失せろおおおおっーーーー! ボクのマーレには指1本触れさせない!!」
(イシュ姉……お願いだから、叫ばないで)
マーレにとっては、カルに聞かれたくない言葉であった。
一方で、こちらは緊張感のない言葉で、運動神経ゼロのように可愛らしく走ってくる女。
モンティである。
「ああん。もう。カルったら、凄く早いんだから~。あれっ? あの角ありマントが親玉ね~」
(この程度の炎を操れもしないで、リッチ気取りか。……笑わせる)
モンティは素のゼリハネイトに戻り小声でそう言うと、刈り取って、空に溜めおいていた先程の業火を圧縮し、逃げだそうとするリッチ気取りのスケルトンに放った。
「お前っ! 魔物じゃねえだろーーー! ここまで、何人殺しやがったーーー!!」
いきなり、キレたゼリハの怒号とともに、轟音と熱風を撒き散らしながら、業火の竜巻がスケルトンを急襲した。
「ぐわわわっ、あああああっ、何だあああっ、この炎はーーーっ、がはああああああっ!」
炎の柱に閉じ込められた、このスケルトンに為す術はない。
藻掻き苦しむ中で、自己の姿を現してしまったことを後悔する。
ゴゴゴゴゴッーーー
「うおっ!! あ、危なっ!」
カルは敵に迫っていたこともあって、突然襲ってきた炎の柱の巻き添えを食うところであった。
彼は振り返り、犯人と思しき人物を睨みつけた。
「あああん。もおぅ。そんなカルも鞭打ちしたいぃぃいい~」
カルの睨みに思いっきり、悶えるモンティ。
聞こえていた周囲の者達がドン引きする中、四人を介抱していたアイナが全速力で走り込んできた。
「ああああっ、止めてください! リッチなんかじゃないかもです! それは寄生魔かもなんですーーー! モンティさん! 殺さないでーーーーー」
アイナが必死で叫ぶ。
彼女は目の前のスケルトンから、この前聞き出せなかった寄生魔の情報や護衛してきた研究者のことを聞き出したかったのである。
寄生魔はダンジョンで話すことが出来る唯一の魔物であって、貴重な情報源なのだ。
当のモンティはというと、アイナの叫び声など全く聞こえていない。
彼女は遠目に映る濃縮された燃え盛る炎に陶酔しきっていた。
悶えも相まって、厭らしくもある表情で見つめている。
炎で全身を焼かれたスケルトンからは言葉は聞こえてこない。
真っ黒な影も直ぐに消えた。
それを見たアイナは、もう、言葉がなかった。
時間が止まったかのように、その場で項垂れている。
それも束の間。
また別の耳障りな音が木霊してきた。
ガシャン、ガシャン。
フルプレートアーマーが、大きな音を立ててやってくる。
エレンである。彼女は安全が確認できたので、遅ればせながら走って来たのであった。
実は、このプレートアーマーは、エレンが装備しているくらいなので結構な軽量だったりする。
軽量な割に耐久力が高いため、エレンは必ずこのプレートアーマーを選ぶのだ。
当然、値の張るものなのだが、ダンジョンへの入塔一回で、オシャンになってしまうという割に合わないものでもあった。
そのエレンであるが、当然の如く機嫌が悪い。
なぜなら、ガルツは全体の指揮をとり、先頭にたってスケルトンを叩きにいってしまうし、パルーは美女を抱きしめていた。誰も自分を守ってくれない。それどころか、放って置かれているのである。
「んんん。カルは私を守ってよね! じゃないと、今度、エスティルに言いつけるから!!」
このエレンの一言に反応する者達もいる。
当然、カルと一緒に『うねり』によって、移動させられた仲間達である。
エスティルの名がでてきたことで、アイナは親近感が湧き、ベックやテッドらはエスティルに顔が効くことを知ると、距離をとろうとし始める。考えは人それぞれである。
この声。実はモンティにも届いていた。この女も、こういうことは聞こえるのである。
エレンの言葉に、カルは首をかしげた。
「意味分からん。どっちかと言うと、お前達仲が悪いだろ!」
「何よ~! カルは私のこと、守りなさいよね!! 今回は、光の矢当てなかったんだから」
「何だ! 何か、聞き捨てならないな……まさか、お前、今迄わざと」
「そんなことする訳ないでしょ! いいからぁ。お願いだから守ってよ~」
エレンは半泣きになるが、カルは冷ややかである。
「こいつ、煩いから、そう言ってやれよ」
「えっ、ウサギちゃんありがと! 聞いたっ! カル、守ってよね!」
「ウ、ウサ……前々から思っていたけど。お前…俺様の名前、実は憶えてないだろ!」
「………キャプテンでしょ! 偉いのは覚えているもん。一目見ればわかるもん!」
実際、エレンはジルのことなんか、碌に知らないし覚えてもいない。興味の無い事は全く覚えられない性質なのだが、咄嗟に浮かんできたワードが『キャプテン』であった。
こういう時の彼女は外さないのだ。
「キャ……う、うん。 カルッ! 守ってやれ! こ、こういう、俺様のことを良く分かっている奴は守ってやれ!」
キャプテンと呼ばれ、俄然、ジルは気分が良くなった。
ある意味、エレンはジルのことを分かっているともいえる。……偶然なのだが。
「ジルセンセ。そいつは大丈夫です。守る必要なんてないですよ。魔術が凄いんですから。……また傍にいると、碌なことないんですよ。エスティルに言わなくてもいいこと言うから」
カルの言葉を聞いて、エレンは新たなキーワードを使いだす。
「ジルセンセ~」
「んんん!!」
「ジルセンセからも、お願いしてよ~」
ジルはジルセンセと呼ばれて、またまた嬉しくなっている。
それは、この場にいる誰もが分かった。
ジルは分かり易いのだ。
彼は彼女の肩を持つことを決めた。いや、必然にそうなる。
「カルッ! いいじゃないか!」
「ええっ! じゃ、じゃあ。傍にいた時ぐらいなら……って、俺よりも強い人が、廻りにいっぱい、いるだろうが! みんな、Cランク以上なんだぞ!」
「守ってくれたら、エスティルに、ちゃんと言うから~」
「ほら、カル! 少し泣いているし、可哀そうだろう。この俺様に免じて」
「………分かりましたよ」
カルは遣り取りを廻りに聞かれているのが、嫌になってきたこともあって渋々承諾した。
渋々でも、何でも、それを聞いたエレンは大喜びである。
ジルセンセを連呼し、満面の笑顔でジルの手を取っている。
ジルも自分をジルセンセと呼んでくれる人が増えたので、素直に喜んでいた。




