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ダブルアップ  作者: 皆賀 幸
第四章 天塔迷宮(トゥルス・ダンジョン) Ⅱ
140/143

140 蚊帳の外(1)

 == 王都 エーベル ==

 カル達が王都に到着して、数日が経ったある夜の出来事である。


 深夜、人々が寝静まった頃合い。

 月は隠れ、風の無い、静かな夜。


 ある邸宅の2階の窓が音もせずに開いていく。

 鍵は掛かっていなかったのか、壊されていたのか……。


 窓の傍で人影が蠢く。

 侵入者である。


 侵入者は容易に部屋の窓から侵入すると、担いできた荷物を無造作に床に投げ捨てた。


 ドサッ


 床に投げ出された荷物は、暫く間をおくとおもむろに動き出し始める。

 荷物の中身は一人の女であった。


 暗闇の中で意識が完全に戻った女は動転した。

 床にぶつけた箇所があちこち痛むものの、それどころではない。

 新たな恐怖に駆られて手や足を動かそうとするも、全身は縄で縛られていて動くことが出来ない。

 また助けを呼ぼうにも、口には猿轡が噛まされており、言葉にもならない。

 女は必死に藻掻く中、冷たい物を頬に当てられた。

 明らかに刃物である。

「正気に戻ったか」

 男の声に怯えながら頷く女。

「ふぐぅ」

「安心しろ。殺しはしない。だが、俺の言う事をよく聞き、絶対に忘れるなよ」

 男の声は冷たい。女は息をするのも忘れて全神経を集中させ、男の話しに耳を傾けた。


 男は淡々と話した。女に対して期限付きの役目を与えると、直ぐに立ち上がり、窓の方へと歩き出した。

 女は男の後ろ姿を必死に目で追っている。

 今、ここで殺されることは無いと分かっていても不安なのだ。

 女は用心深い性格であった。


 すると、女は窓の傍に、もう一人、別の仲間がいることに気付く。

 顔は暗くて全く見えない。


「ペッ」

 仲間は口汚く、唾を吐き捨てた。

 慣れているのか、男は見向きもせずに窓へと向かっている。

 二人は会話を交わすことなく、姿を消しさった。


 暫く息を潜めた後、もう、男は戻って来ないと結論づけると女は脱力した。

 思っていた以上に緊張していたのである。


 女はゆっくり呼吸を整えていき、落ち着きを取り戻していく。

 その内に余裕がでてくると、暗闇に慣れてきた両目で辺りを見廻しだした。


 ………間違いない。


 女は、ここがどこなのか、そして奥のベッドに横たわっている男が誰なのか、大凡の検討がついた。



 この女、名をヒムルカという。

 あのビルトリアン伯爵領内で逃走を図った女である。


 ヒムルカは自分の記憶をたどり、徐々にと思い出していく。

 あの日、彼女はビルトリアン領内で追われる身へと落ちた。すぐに機転を利かせ、その場を逃げのびることに成功し、従者のサリィにさえも教えていない隠れ家に身を潜めた。

 ここであれば、暫くは安全だと思っていた矢先である。

 突然、何者かに襲撃されて意識がなくなった。

 あの時、隠れ家にやってきた男……十中八九、先程の声の男である。

 そして、もう一人、口汚く喋る女がいたのを覚えている……。


 ここはというと、ハークスレイ家の屋敷の中であって、彼の寝室の中。

 そして、ベッドに横たわっているのは、彼、ランドル・ハークスレイである。


 ヒムルカは必死であった。

 先程の男はペイジュスに間違いない。与えられた役目を果たせなければ必ず殺される。

 けれど、その役目を果すには幾つものハードルを越えなければならないのである。


 今、まさに、最初で最大のハードルが目の前にある。

 というのは、自分が追われる身となった原因はランドルの暗殺である。

 未遂とはなったが、暗殺を企てたことは周知の事実となっている。

 その状況で、まずは、ランドルを説得しなければならないという。

 もし、ランドルが目覚めて、即座に自分を騎士団につき出せば、そこで自分は終わりである。


 騎士団は自分とペイジュスとの繋がりを知りたいだけであり、そこが分かれば罪人である自分に用はない。牢に入れるだけの話しで、特段ペイジュスから守ってくれるという訳でもない。

 いや、騎士団につき出される前に、場合に寄っては、途中でペイジュスに殺されてしまう可能性だってある。


 ここはどうしても、ランドルを説得!?

 いや、彼に許して貰わなければ後先はない。

 彼に朝までに発見して貰い、全てが誤解であったと思わせて許しを請い、庇護を受けるしか、この場を切り抜ける道はないのだ。

 彼女には、ランドルの優しさを利用するしか手はなかった。

 賭けるしかなかったのである。


 この女は決断も実行も速い。

 直ぐに、ヒムルカは縛られたままの状態で回転して、ベッドの傍へと移動を試みる。

 体のあちこちが痛むが、それどころではない。

 途中、床に擦りつけて猿轡をずらす。

 口を使えるようにしたのである。

 何とかしてベッドに入り込み、彼を起こし、納得のいくような展開へと運ばなければならないのだ。


 彼女は力を振り絞って、にじり寄り、何とかベッドの中にもぐりこんだ。

「はあっ。はあっ。はあっ」

 全身の力を使いきった彼女の吐息は荒い。



 深夜である。

 突然のベッドの軋みと荒い吐息によって、ランドルの目は覚めた。

 自分以外の者がベッドにいることに、直ぐに気が付く。


「はぁ。はぁ。はぁ」

 静寂の中、耳元で繰り返される厭らしい吐息を聞かされても、ランドルはそんな気にはなれない。

 なぜなら、ずっと命を狙われて続けていたからである。

(女!? この際、どうでもいい。逃げないと)

 彼は意を決して、ベッドから飛び出した。


「お待ちください! ランドル様!!」

 ヒムルカは自重しながらも、必死に呼び止めた。

 ここで逃げられて、人を呼ばれては全てが水の泡である。

 彼女に待っているのは死のみである。


「そ、その声はヒムルカなのか!」

「はい。ヒムルカです。む。ふうう。はあ。はあ。」

 ランドルは護身用として、肌身離さずに持っている火の杖で室内に灯りをともした。


 ベッドに横たわっていたのは、吐息が荒く、縄で縛られているヒムルカであった。


(なんだ。これっ! 人に見られたら誤解されること間違いなしだ。俺にはそんな趣味ないんだよ)

 縛られたヒムルカの疲れた目元は、恐ろしいほどに色っぽく、映るのであった。

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