139 氷の神殿(6)-ギフト-
氷の空間に光が差し込んできた。
照らし出される白き美しさに寒さを忘れる程である。
冒険者達が揃って言葉を失っている。
音の無くなった世界に迷い込んでしまったようである。
静寂に包まれる中、唯一の音が響いてくる。
重みのある音である。
最奥にある氷の神殿の扉が開いたのである。
同時に四人の前には、小さな光玉が現れた。
ここにいる者達の大半は、初めての経験であるため、視線がパルーに集中する。
パルーも視線に気が付いてはいるが、実際、前回とは全く展開が異なるので動けずにいた。
「あっと。どうすれば……」
光玉はパルーの言葉を受けて理解したのか、少し大きくなると、ゆっくりと移動を開始した。
四人は、このまま後に着いてくるようにと言われたかのように歩き出す。
他の者達に言葉はなく、四人を見送っていた。
四人は台座を越えて、両脇に見えてくる柱や遺跡のようなものに目を奪われつつも、最奥にある神殿に辿り着き、扉をくぐり抜けたのであった。
静まり返る神殿内。
正面から見ていただけなので気が付かなかったが、思っていた以上に奥行がある。
内部は明るくて奥まで見通せるというか、程よく輝いてさえいる。
周囲を見廻しながら、ゆっくりと四人は歩いていく。
時折、顔を見合わせはするも、不思議と恐怖は感じない。
これは先程とは異なって、冷気の急な流れがないからなのかもしれない。
廊下を進み続けると、大きな女神像が出迎えてくれた。
女神像は四体の氷の彫像によって、守られているようである。
光玉は女神像の前で横一列になり、静止すると音もなく、消えてしまった。
そこに戦闘を開始する直前に聞こえてきた女性の声が、優しく響いた。
『 弱者を守り抜いた四人の勇気ある者達よ。見事な戦いでした。それぞれ、収めるがよい 』
言い終えると、それぞれが戦った相手の得物が各人の目の前に現れた。
ゼリハネイトの前には『氷のレイピア』。
パルーの前には『氷の二振りの剣』。
イットの前には『氷弓』。
そして、カルの前には『氷の剣』
ダンジョンは武具を精製することはない。
従って、いずれも、ダンジョンの中で命を落とした冒険者達の武器ではある。
遺族からしてみれば大事な形見であり、貴重なものに違いない。
けれども、それはそれである。冒険者で気にする者はいない。
目の前にある武具は、遥か昔から蓄えられてきた物なのではないかと思わせるほどの一品に見える。
四人は、何の躊躇もなく、宙に浮く得物を手に取った。
そして、それとは別に、今度は水色の光玉が床から浮き上がり、胸の辺りで静止した。
神殿の声はなおも続ける。
『 目の前にあるのは、水属性のギフトです。受け取りなさい 』
各自が光玉に手を伸ばす。手に取って、手元で広げて見ると掌にはもうなかった。
だが、三人とも自身の肉体の中で、新たに流れる魔力に手ごたえのようなものを感じていた。
一方で他の三人とは異なり、カルが光玉を掴むと手の中には『水色の小石』が残っていた。
(何だろう。これ。どうやって使うんだ?)
起こり得た出来事に、四人は、ここがダンジョンの中であることを忘れてしまうほどであった。
実際、ここは本当に何処かの神殿なのではないのだろうかと、思い始めていたのである。
『 来たるべき、戦いへの勝利のために… 』
最後に神殿の声の主は、そう言葉を残すと入ってきた扉が静かに開きだした。
冷気がゆるやかに流れだす。帰るようにと促されているようである。
氷像を横目にカル達は、氷の神殿を後にした。
戻って来ると、残してきた仲間達が立ち上がって、こちらを指さしている。
互いに安堵の表情となる。
お互いの無事を確認できたからだ。
ほっとしたのだろう、カルの表情は少し綻んだ。
ふと。呼びかけられたような感があって、カルは振り返ってみる。
すると、幻想的な時は、もう終わりとばかりに氷の神殿は霧散していってしまった。
氷の神殿がなくなると、ここはただの寒い洞窟である。
皆、先程迄あった周囲の光景を思い起こしながらも、皆が冷気の流れに沿って歩き出した。
実際のところ、この場は寒くて休んではいられないのである。
一度、廻りの者らに混じり、腰を下ろしていたカルも、何とか、立ちあがる。
『ほう。主よ。立てるか』
「ああ。何で?」
『……』
(話しかけてきて、何故にだんまり?)
従者となったラダが『氷の剣』と『氷のレイピア』を抱えて待ってくれている。
カルは手の中にある『水色の小石』について、使い方が分からないのでルバートに相談してみた。
「こ、これは?」
『主は水属性の適性がないが故、ギフトは他の三人とは異なったようである』
「皆は違うのか」
『うむ。三人は水属性を持ち合わせていたことにより、水属性が強化されたと言うべきか、……ふむ。扱いやすい加護を貰い、見に付けたようじゃ』
ルバートの見立て通りであった。
精霊との契約により水魔術を使えはするものの、不得意なゼリハネイト。
水魔術系統を得意としてはいるものの、細かな扱いが苦手なイット。
そして氷の魔術は得意だが、水への変換となると時間を要してしまうパルー。
三人は魔術操作の『力』が劇的に向上したのであった。
「この石………」
『主よ。安心するがよい。この守護石は我が預かっておく。必要な時に使うこととする』
「おっ、おい、何を勝手な!………」
カルが言い終える前に、ルバートは形状を変化させて、針金のように一部を細くすると、サッと小石を奪って自身の中に入れてしまった。
「…………まあ。いいよ。でも、ということは、次からは戦闘時に助けてくれるってことだよな」
『………』
「って、返事無しかよ」
(まさか、実は便利なもので、戦闘時に使わせないようにと考えているんじゃないだろうな)
独り言を続ける中、ジルが話し掛けてきた。
ジルは、カルが俯いて独り言を言っている時は、大概、ルバートと話しているということを知っている。
なので、彼は少し待とうとしたのだが、それが出来ずに割りいった。
「ちょ、ちょっと、いいか。カル。とっ、取りあえず、新しい剣が手に入ったから良かったな。いっ、今の剣は、いつ壊れるか分からないしな」
「え、ええ!?」
いきなり、ジルに変に話し掛けられて、カルは戸惑った。
けれども、そう言われて、カルは公爵家の剣を背負った。そして、『氷の剣』をラダから受け取り帯剣した。
帯剣するということは、『氷の剣』が普段使いの剣となるのだ。
魔力の無いカルが使用するとなると、折角の『氷の剣』も普通の剣と変わらない。
カルも勿体ないと分かってはいるものの、公爵家の剣を折って持ち帰る訳にもいかないため、致し方のない処置であった。
平然を装ってはいるのだが……。
実はラダから剣を受け取る際、カルは殺気を感じていた。
振り向くと、殺気を放っているのはジャンとリッカである。
ここで、カルも、ジルが変な感じで話し掛けてきた理由が分かった。
カル同様に、ジャンとリッカはペイジュスから追っ手を向けられている身なのである。
そこに、先程見たペイジュスの仲間の一人が目の前に現れたのである。
気が気でないはずである。
ジャンは、カルとラダに近づいてきた。
「あんたには悪いが、その女を生かして返す訳にはいかない。俺達二人いや三人の命がかかっているんでね。あんただってそうじゃないのか。元々はあんたの命を狙ってきたんだからな」
ジャンはリッカのお腹の中にいる子供のためにも、ラダをこの場で殺す気である。
「聞いてなかったのか。彼女は俺の従者としての誓いをたてたんだ」
「聞いていたからこそ、義理立てして、あんたに断ってからにしているんだ。でなければ、即殺している」
先程から、ジルにはジャンとラダの会話が聞こえていた。
ペイジュスの特殊話法で、二人は会話を交わしていたのである。
互いに一通りの経緯を話し終えた二人は、カルに告げてから戦いを始めようと決めていたのだ。
勿論、二人の会話の中で、カルに迷惑がかからないようにと、この場ではペイジュスであることは伏せることで一致していた。
「記憶が戻った彼女にとっては、もう、君らのことなんて関係ないっ! もう、彼女は誰の命も狙ってはいない!!」
カルは口が勝手に動いてしまっている。ほぼ、そうあって欲しいという願望であり、未確認事項まで口にしていた。(だ、大丈夫だよな…。狙ってはいないよな)
「そんな話を信じる訳がないだろっ!!」
殺し合いは、既に両者の間では決定事項である。
ジャンは剣を抜いた。
一気に、この場だけが修羅場のような緊張感に包まれる。
イシュルミットは、マーレを庇って前にでてきた。
驚きのあまり、テッドは尻餅をつき、両膝が震えている。
「よせ、ジャン。お前は私の力を理解出来ていない。ペイジュスのままでいた私であれば、ランクからすればお前の方が断然上だが、記憶を取り戻した私に、お前は勝つことは出来ない……。私には、これからやらなければならない事が多い。故に手を抜くことはしない」
これまでとは、打って代ったラダの表情に、アイナやベックは硬直している。
「気のすむまで、やらせたほうがいいわよ~。でもぉ。この場でラダと戦って勝てるのは、カルくらいなもんよ~」
(知らんけど)
モンティの言葉とゼリハネイトの心の声である。
モンティの言葉どおりであった。
決着は容易についてしまったのである。
ペイジュス同士の戦いとは、言ってみれば古来剣術同士の戦いということになる。
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ありとあらゆる生物は、多かれ、少なかれ魔力を必ず持ち合わせている。
そのため、冒険者等が見知らぬ森に入った時でも、姿が見えずとも、ある程度は獣や魔物の存在を認識できたりするのだ。
この世界では、気配等よりも確実な魔力の存在を重視しており、魔力を感知して、敵の位置を認識するのが自然なことなのである。
そんな世界にあって、魔力を感知させない古来剣術は異端の剣とされ、国家によっては禁呪の剣ともされているものであり、ペイジュスはその古来剣術の流派の一つである。
因みに古来剣術とは魔力を消し去ることができ、主に魔力を必要としないものを指すものと提起されている。
古来剣術の使い手に襲われた場合、魔力を感知出来ないことから、直前まで敵の攻撃に気付くことができない。対応できる者となると、反応速度が速い者、ノヴァの能力が高い者等となるのだが、やはり敵対した際は不利となることは間違いないのである。
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このような剣術を扱う者同士の戦いであったのだが。
ジャンは蹲っていた。
剣を抜き、飛び掛かったものの、ラダの膝蹴りが腹部に入ったのだ。
圧倒的な実力差を見せつけられて、ジャンは困惑していた。
反応どころか、ラダの姿が見えもしなかったのである。
ジャンも、ラダの仲間であった者らと同様であった。
実戦で魔力を感じない者と戦ったことが無かったのだ。
けれども、負けたのは、それだけが理由ではない。
本来のラダの実力が、すば抜けて凄いのである。
操られていた今迄が、実力の片鱗も出ていなかっただけである。
ジャンは、そのまま気を失った。
この戦いを見ていた者達全員が、驚いた。
何せ、屈強な男が小柄な女の子に、いとも簡単にのされたのだ。
これにはカルでさえも、驚いていた。
「お前、今の彼奴に狙われたら、即殺されるな」
ゼリハネイトが小声でカルに耳打ちしてきた。
「こいつ。さっきと言っていること真逆だろ。でも確かに……凄い人を従者にしてしまった………って、おい! お前にも責任があるだろが!」
と、カルはゼリハネイトの両頬を例の如く、片手で押えつける。
「フ、ゴゴゴゴッ」 注…ひよこ口のゼリハネイトの声である。
「だから、何で、そこは仲良くなっているんですかーーー!」
マーレは納得いかない。
マーレの言葉を余所に、イシュルミットとベックは、こんなに強い人物を従者として従えてしまう、カルの凄さを目の当たりにし、両者ともに夫々思うところがあった。
「カ~ル~、何やっているのよ~、寒いんだから早く来なさいよ~。あんた、ノヴァないんだからぁ~、寒いでしょ~よ~」
エレンはご機嫌である。声で充分に伝わってくる。
当然と言えば、当然である。
なぜなら、魔力が使えない階層を突破出来たのだから。……何もすることなく。
実は人知れず怯えていたのであった。
彼女は、にこやかに手招きしている。
「はは、エレンの言うとおりだ。行こうっ」
「「「 おおっ 」」」
「「「 ええっ 」」」
カルとともに皆が歩き出す。
チラリと見ると、ジルセンセがジャンを負ぶっている。
涙ぐむリッカに、何か話をしている。
何かしらのフォローをしてくれているのだろう。
あの三人は一緒に花の魔物から逃げて来た仲だから、何か通じあうものが出来たのかも知れない。
そう言えば、リッカもジルセンセに負んぶされていたんだっけな。
カルもジャン達に対して、敵視はしてはいなかった。
むしろ、特段理由は無いものの、好意的にさえ捉えていた。
ラダにいたっても、彼らに特別な感情は無いようである。
カルは気持ちも新たに歩き出すと、直ぐに彼女が傍に寄ってきた。
「主様。ペイジュスのターゲットはもう一組あります」
「えっ、それって、もしかして、ペイジュスが他にも入塔しているってこと?」
「はい。ペイジュスの者らには、私の面が割れております。できますれば、自分の顔を隠したく、腰袋にある仮面をご拝借したいのですが」
なるほど。
ラダのターゲットは俺なのに、普通に並んで歩いていたら、裏切っている可能性が高いもんな。
いきなり、斬りつけてくることだってあり得る…。それは確かに顔を隠したくもなるな。
けれど、この仮面……二つに割れてしまっているのである。
腰袋からはみ出しているので、当然、ラダにも見えているはずなのだが、直せるということなのだろうか。
……直せるということであった。
渡すと、彼女は魔力を使って簡単に補修して被ってしまったのである。
どうやら、魔力があれば容易に補修が出来るものであったらしい。
何気に渡してしまった。
この仮面。
俺の『勇気の源』でもあるんだけど……もう、彼女…被ってしまっているし。
仕方ないか。
ジルセンセには何か申し訳ないけど。
どんな顔するだろう?
カルは苦笑いしつつ、ゴツゴツした地面を踏みしめながら、奥に現れた出口を目指した。




