138 氷の神殿(5)-従 者-
カルの息は深く、荒くなっていた。
自分の呼吸音がはっきりと聞こえてくる。
視界には自分の吐く真っ白な息が、広がっては消えていく。
それを見て、自分の頭が下がっていたことに気付く。
俺は疲れてきているのだろうか。
嫌、そんなことはない。もしそうだと感じても、精神的なところによるものだ。
これ位で疲れる訳がない。
まだ、全然いける。
カルが頭を上げたると、風の流れが変わりだす。
「ちっ、また来た!」
氷雪女騎士が剣を振るってくる。
ここまで、足の止まったカルに対して機動力を使い、接近しては少し剣を振るい、すぐに距離をとる。
この一撃離脱戦法により、カルを肉体的、精神的に追い詰めているのである。
カルも、この意味は重々分かってはいるものの、ここまで打開が出来ないでいた。
カルは防戦一方となっていたのである。
時折、何かしらの厭らし気な視線に意識をもっていかれているせいもあってか、敵の攻撃を許し続けていた。
接近され交差する度に、微小な傷が増えていく。
常に後手に回り、足が使えないためである。
(足の感覚が鈍すぎる。……このままじゃ、『疾風脚』じゃなくても、普通に走れば負傷する)
苦虫を噛み潰したような表情でいると、今度は容赦のない剣撃が襲ってきた。
今度は、敵が離脱を図らない。
カルの剣は下半身に力が入っていないために、敵との攻防の際に踏ん張りが効かない。
そのため、敵が脅威と感じる一撃となっていないのであった。
『主よ。その程度の剣では、いずれは敵に狩られる』
「分かっている! そもそも、さっき、お前が槍じゃなく、敵を屠ってくれれば良かったんだろが!」
『………』
「手伝ってくれれば、直ぐに倒せるんじゃないのか! 奴の来るタイミングを見計らって槍で突いてくれれば!」
『………』
「って、おい! ここに来て、だんまりかよ!」
「!! ぐくっ」
カルの弱い剣撃に余裕のでてきた、氷雪女騎士は、カルの剣が流れると内腿をナイフで斬りつけてきた。ここで、氷雪女騎士は一度後退する。
「くそっ! これを狙っていたのか」
思っていた以上の出血に、カルは動揺を隠せない。
この傷では、次に斬りかかって来た時、タイミングを見計らって『旋風裂削撃』を見舞う他に逆転の目はない。
一発勝負である。
実はこれまでも狙ってはいたのだ。だが、体の捻りを大きく要求される『旋風裂削撃』は、下半身への負担が大きいため、今の状態では有効打となり得るのか一抹の不安があったのだ。
敵は余裕がでてきたのか、カルの廻りをゆっくりと歩き始めた。
あたかも、獣が狩りを楽しむが如くにである。
俺がポーションを飲む動作をすれば、必ず、飛び掛かって来るに違いない。
完全に敵の手中に落ちてしまった感じである。
氷雪女騎士からして見れば、好きなタイミングで仕留めればいいのだ。
正直、俺が後の先で剣を交えたとしても、ここから勝利を勝ちとるのは厳しい。
この状態で、敵が、いつ、仕掛けてくるかも分からないというのは……。
あれっ、待てよ。
誘うことは出来るんじゃ。
『 == 誘い込み、剣を振れ!! == 』
「えっ!」
咄嗟に、カルは左腰の小物入れからポーションを取り出す動作をしだした。
誘い込むための動作であるため、あくまで「振り」である。
考え無しでの行動である。というよりは『内なる声』を信頼しての行動といってよかった。
内腿からの出血は意外と多い。
状態のいい内に、仕掛けるのは正しい判断と言えるであろう。
(剣を振れというのならば振る)
自分は既に手負いの獲物であり、狩られる寸前となっている。
柄を握る手には、例の切れ端をかませており、魔力も抜けて余計な力もない。
もう、後は『内なる声』に任せ、反転して『旋風裂削撃』しか手はない。
そう思い、その時を静かに待った。
動きを止めたからだろうか、いきなり、氷雪女騎士が右後方から襲ってきた。
視界の外から襲いかかってくる敵には魔力がない。
そのため、カルは間合いを感じとることが出来ない。
「ナムサン!!!」
カルは腿の痛みも忘れ、自分の意思で反転し、敵に飛び込んだ。
自殺行為にも近い。
『内なる声』を待てなかったのである。
ピシャアッ――――
『内なる声』は答えてくれた。
意図していた剣技ではなかった。体の捻りはなかったのである。
カルは相対すると同時に、胴を薙いで右へと抜けた。
斬った手ごたえは、この手に残っている。
「つううっ!! こ、これって、抜刀術的なものか?」
剣は鞘にこそ、収めてはいなかったものの、型としてはカルの言葉のとおりであった。
『 == 風の太刀 一陣 == 』
自身の中で『内なる声』が響く。
一吹きの風が抜けていた。
氷雪女騎士は、反撃に移ろうと振り返ろうとするも。
軋み音とともに上半身が滑り出し、バランスを失って傾き落下した。
ガッシャーーーーーン
辺り一帯に、上半身の砕け散る音が鳴り響く。
細かな氷塊が、そこかしこへと飛び散ると、数秒で冷気へと昇華した。
カルの戦いを間近で見ていたのは、戦い終えていたゼリハネイトとラダの二人。
マーレが遠目で追ってはいたが、如何せん、二人が邪魔で詳細な状況までは見ることは出来なかった。
けれども、敵が消えたのが見えたので、彼女は安心してその場に座り込んでしまった。
だが、そこに一人立ち上がる女の姿があった。
ラダである。
彼女の手には馴染んだ剣がしっかりと握られていた。
ペイジュスの一員として、ともに暗殺をこなしてきた剣である。
今、目の前に暗殺対象である標的が重症を負って、伏しているのである。
「何やってんだ。あいつ」
疲労困憊となった、ゼリハネイトが冷めた目で見つめている。
ラダの足取りは覚束なく、ゆっくりとカルに近づいて行く。
カルは瞬時に肉体を酷使したために、腿からは血が勢いよく噴き出し、呼吸をするのもやっとといった状態であった。
カルは近寄ってきた彼女を見上げた時、悪寒が走った。
なぜならば、彼女が、先程自分が殺したペイジュスであることに気が付いたからだ。
あの時と表情こそ違えども、同じ角度で目にしたことで思い起こしたのだ。
「ううっ」
カルは目を見開くものの、言葉がでない。
渾身の力で起き上がろうとした時、腕を彼女に捕まれた。
「ぐうう、これまでか」
けれども、悪寒は裏切られた。
ラダは剣を置くと、その場で跪き、先程の飲みかけのハイポーションを飲ませてくれたのである。
飛ばした蓋は彼女が、拾っていてくれたらしい。
「ど、どうして…」
ハイポーションを飲み終えたカルの言葉を聞くと、ラダは微笑んだ。
彼女は、先程からのカルの表情を見続けている。
彼が自分のことを思い出したことは、彼女にも推測が出来ていた。
「貴方様のご記憶にあるとおり、私はあの時のペイジュスです。……私は後悔に塗れ、絶望の中で死の淵へと落ちていくところを貴方様に救われました」
「何のことだか…俺には…」
カルの言葉を聞いて、ラダは詠唱を始める。すると、彼女の耳の大きさが変わる。
「……君はエルフだったのか」
「はい。私は7、8年前にペイジュスの手に落ち、どうやら洗脳をされていたようです。暗殺剣をある程度、覚えさせられた私は幾人もの命を殺めたことに携わっております」
「…………」
「階級が下位であったために、暗殺には直接関わってはおりませんが、つ、罪は……罪と考えます。今後は…残された人達に何が、何が…出来るのかを考えて生きていくつもりです」
そう言い終えた時には、彼女の耳は真っ赤となり、瞳は涙で潤んでいた。
自分がこれまで関わってきたことを思い起こしての涙である。
「そうか、だから… 「だから、精気のない顔してやがったのか!」 って、おい! 」
カルが続けて喋ろうとしたところ、興奮冷めやらぬゼリハネイトが口を挟んできた。
「当面、どうするんだ、お前!」
「暗殺に携わったまま、後悔の念で死んでいくところを、私はこの御仁に救われたのです。この後は代償として……」
ラダは、その場で、これまでの自分の罪状と懺悔の言葉を語りだした。
・・・・・・・・・
「何だ、お前。下っ端過ぎて、囮役やら盾役やらで、いつ犠牲になって死んでも、おかしくない役ばっかだな」
遠慮の無い言葉ではあったが、ゼリハネイトの言葉に思わず俺も頷く。というのも、的を得ていたからだ。
多分、洗脳されているとはいえ、善の感情が残っていたのだろう。暗殺者に徹しきれていないところがあって、それを仲間に見抜かれ、いつ死んでもいいような役を押し付けられていたに違いない。けれど、関わってしまったがために責任を感じざるを得ないでいるのだ。
「お前みたいな、善人が過ぎる奴は、カルに仕えろ! こいつは、多くの人達のために尽くす奴だから、それをもって罪滅ぼしとしろ!」
「お前! 何、勝手なことを!!」
「そ、そうなのですね。それならば、貴方様の人助けに私も、お加えください。……命を救って、償いの機会を与えて下さった貴方様には、お仕えをしなければならないと思っておりました。貴方様の寿命が尽きた後は教会に入ろうと…」
(お、お前はっ!! 善人を騙すんじゃない!)
(いいだろ! そもそも、本人も仕えようとしてたんだし、その気なんだから)
(俺は多くの人達に尽くすなんてこと、しないし、無縁だ!)
二人の小声の遣り取りを余所に、ラダは膝を折り、カルに誓いの言葉を捧げていた。
「私、ラダ・アールモント・トレイユは、貴方様の終生に渡り、お仕えすることをここにお誓いいたします」
ラダの言葉を聞いて、なるほど…俺の終生なんだね。
変に納得していたところ、顔にでていたのだろう。ゼリハネイトから一言あった。
「エルフは寿命が長いからな。人間に仕える時はこんなもんだ」
「………そうなんだ」
(確かに数百年も生きるんだからな。この先、何があるかも分からないし。これが普通であればそれでいい。って、死んだ後迄縛る気なんて、元からないけどな)
もう。こうなったら、成り行き任せだ。
俺も開き直ってしまった。
「よろしく、ラダ」
「はい。今後は何事もお申し付けくださいませ」
こうして、初めて? の従者ができた。
頼み事なんて、自分と自分の親しい人の護衛以外はないんだけどな……。
気が付くと、それぞれが戦いを終えている。
喜びと安堵の声で、神殿内は満たされていた。
パルーが、エレンに介抱されながら手を振っている。
どうやら、既に氷壁は無くなっていたようである。
イットはスコットに抱きかかえられ、介抱されていた。
「お蔭で、助かったであります」
「この私が男に介抱されているだなんて………」
そこに『氷の乙女』が駆けつけてきた。
「何を言っているん! そんなの気にしている場合じゃないわ!」
ニルンはイットの言葉が聞こえていたのだ。
少しばかり、怒った声を耳にして、メンバーが無事だと知ったイットは安心したのだろう。表情が緩んだ。
シージーとトージーは、揃って若干涙ぐんでいる。
「みんな。あんな血の通ってもいない、造り物の女に、私が負ける訳なくてよ」
何よりも、イットらしい言葉を聞けて、メンバーは喜び、互いに顔を見合わせていた。
そして。
「カルーーーーーー! 無事で良かったよおおおーーーー」
ジルはカルの無事な姿を目の前にして号泣している。
アイナはカルに寄り添う。相変わらず、動作は速いのだ。
マーレも、ジル同様に目が真っ赤になっていた。
「大丈夫よぉ。こいびとちゃん。カルは無事だからぁ」
「はい。ありがとうございます。モンティさん」
マーレは涙を拭いながら笑顔をみせる。
彼女は、戦いの場にこそいなかったが、目の前にいるモンティという女性はカルを助けてくれていたと確信していた。そのため、素直にモンティに対してお礼の言葉を伝える事が出来たのであった。
「モンティさんは、お体大丈夫ですか?」
「あら~。心配してくれるなんて、嬉しいわ~。そんなことよりぃ。あっちを見てぇ。カルに新しく従者ができたのぉ」
「「「 えっ、従者!!? 」」」
そこにいた全員が、指さす方を見た。
少し離れたところで跪く、ラダを発見すると全員が騒ぎ出した。
「「「 なぜだ! なぜ! あんな小さくて綺麗な娘が従者になるんだ!! 」」」
男性陣は不満で仕方が無い。納得がいかない。
従者が、ごっつい男であれば別に、こんなことにはならないのであろう。
アイナまでも、少し不満を漏らしている。
何故だか、リュゴンが一番怒っている。
イシュルミットに限っては、カルの女好きを高らかにマーレに対してアピールしている。
カル自身は皆に責められて、硬まっていた。
騒ぎは当分止みそうにない。
そんな中、ラダの姿を見た途端に黙り込んだ者達がいた。
一人はジルである。
そして、他にもう一人。いや二人いたのである。
ラダは三人からの特別な視線に気付いていた。




